第24話 4度目のクリスマス・イヴ⑨

 四つん這いで、真夜中の路地を散歩する。


「春一♡ ここでトイレしようね♡」

「……」

「春一? 聞こえてる? お仕置きするよ?♡」

「……わ、ん」


 冬に素っ裸というのは、流石に寒すぎた。


 いつから降ってたんだろう。地面には雪が積もっていて、歩く度に体温が吸い取られる。


 電柱に向かい、小便をしようとすると、ご主人様に髪を引っ張られた。


「犬って、そんな風にオシッコするんだっけ?」

「わ、ワンッ!」


 脅迫され、体幹トレーニングみたいな体勢を慌ててとる。


 右脚を宙にあげるも、中々でない。


「おーい、はやくしろよー、うすのろ。さみーんだよ。そんなにお仕置きされたいのかー?」

「わ、ワン!」


 ようやくチョロチョロ出ると、ご主人様がそれを動画で撮影し始めた。


「初めての記念に撮ってあげるね♡ 春一♡」

「……わん」

「上手だねぇ、春一♡ こればら撒かれたくなかったら、これからもちゃんと言うこと聞くんだよー♡」

「わ、ん」

「じゃ、こっから2キロ歩くからね~」


 こっから先、2キロも歩くのか……!?


――ご、ごごえじぬ……っ。


 霜焼けどころの騒ぎではない。


 拷問だ……これは! なんとか逃げないとっ!


 まじで、死ぬっ!


――す、隙をみて……に、逃げないと。


 ガクガク震えるのは、凍えもあるが、ご主人様への恐怖もある。


 しかし、ここで逃げなければ、凍死するのは目に見えていた。


「春一♡ ちょっと休憩しよっか♡」

「わん!」


 公園は白銀の世界に一変していた。


 一面雪になるなんて、生まれて初めて見る光景だ。


 誰もいない公園に入ると、ご主人様が金網にリードを付け始める。


「ちょっと飲み物買ってくるからね♡ 待っててね♡」


 雪空の下、放置するのかよ――


 そう思ったが、瞬時にそれが「チャンス」だと気付いた。


――逃げよう。


 幸いにして犬だと思われているのか、は、金網に繋がれている。


 の支配下にない今、これは千載一遇の好機に他ならない。


 フックをとり、リードを自分で持つ。


「ははっ!」


――自由だ! 自由になれるんだ!


 雪の中を全裸で駆ける。


 このまま家へ帰れば!


 そう思った矢先であった。


――バチチチチチッ!


 突如、これまで経験したことないような、「激痛」が走った。


「あ、ガガガガガガガガッ!!」


 想像していない事態に、思わずその場にうずくまってしまう。


 悶絶していると、背後からの声が――


「春一♡ 逃げられると思った?♡」

「な、なんで……」


 振り返る。


 すると、背後にご主人様が屹立していた。彼女は、手に「リモコン」のようなものを持っていた。


「春一を試したんだよ♡ 念のため、改造した無駄吠え用の首輪をかけておいたら大正解だった♡ 残念だったね♡ 逃げだそうとしたペナルティに、家に帰ったらお仕置きだよ?♡」


 絶望とはこの感情のことを言うんだろう。


 僕の髪を掴んだご主人様が、詰るように言った。


「心の底から屈服させてやるからな?」


 そう宣言したご主人様の瞳は、ドロドロと濁っていた。

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