第17話 4度目のクリスマス・イヴ③

「じゃ、お会計ね」


 髪を切り終わると、竜胆はレジ前に立った。


 スラッとした彼女の体躯を見て、僕はさっきの「出来事」を聞かずにはいられなかった。


「なぁ」

「なによ?」

「さっきのなんだけどさ?」

「あれって?」


 口調は冷静だった。しかし、惚けきるには脇が甘いというかなんというか……。


 竜胆の耳は、林檎みたいに真っ赤になっていた。


「唇の――」

「よ」

「よ?」


 と、そこでようやく、彼女の平坦なトーンが崩れた。


「よ、4800円! お会計!」

「いや、それは払うけどさ……」

「知らない! 何にも知らない!」

「まだ何も言ってないだろ……」


 何を知らないというのか。


 ただ、竜胆の反応を見るに、「キス」されたことは間違いないらしい。


「な・に・も・してないからっ!」

「お前なぁ、お客さんにあんなことしたら、そのうち訴えられるぞ?」

「ばかっ! あんた以外にするわけっ……あっ」

「語るに落ちたな、竜胆」

「~~~っ!」


 嵌めたわけではない。


 自分からかかってきたのだ。まさしく、飛んで火に入る夏の虫ってやつだ。


「ほら、5000円出すから、お釣りくれよ」

「……ん」


 竜胆から釣り銭を受け取る。


 この間、彼女は恥ずかしさからか、顔を背けたままだった。


「じゃあ」

「ね、ねぇ!」


 髪を切り終わったし、今度こそ服を買いにいこう。


 そう思って店から出ようとすると、竜胆に呼び止められた。


「ん?」

「今から昼休憩とるから。ご飯でも食べてきなよ」

「あ? あー」


 思わぬ誘いだった。


 確かに、腹は減ってるが……。


 スマホで時刻を確認すると、ちょうど昼時になっていた。


「どうせ、何も予定ないんでしょ? 店は空けられないから、《上》で作ることになるけど」


 食べてきなよ。


 幼なじみからの提案を断るほど、僕は多忙じゃない。


「まぁ、そうだな。それもありかもな」


 竜胆からの誘いを受け入れると、彼女は真夏に咲く向日葵みたいに顔を明るくさせた。


「じゃ、じゃあ! 2階上がって!」

「ん。お邪魔します」


 急勾配の階段を上がると、妙に懐かしい気分になった。


 昔はよく、竜胆の家で遊んだなぁ。


「なついなー」

「何も変わってないでしょ」

「このテーブルの上で、いっしょに宿題とかしたよな」


 若い時に櫻さんが買ったとかいう、檜の丸テーブルを見て旧い記憶が逆流した。


「私は、答え教えてもらってばっかりだったけどね」

「確かに、竜胆に教えるのは、たいへんだった」

「何言ってんのさ! もうっ」


 昔話に花が咲く。心地よく、楽しい時間だ。


 時間を忘れそうになるも、話の切れ目に、竜胆が僕に尋ねた。


「ねぇ、お昼、オムライスでいい?」

「いいよ」

「じゃ、ちょっと自分の部屋で準備してくるから……」

「ん? 準備って?」

「準備だよ! あんたは、そこで待っててくれたらいいから!」

「お、おう」


 え、なんで?


 急に怒られたんだが……。


「女心ってのは、よく分からんな」


 檜のテーブルに腕を突っ伏しながら、彼女を待つ。


 いい匂いだな。


 檜の香りに安らいでいると、やがて竜胆が部屋へと戻ってきた。


「お、お待たせっ……!」

「おー、なんだよ急に自分の部屋いって……って、お、おまえっ!」

「な、なにかも、文句あるっ!?」

「文句もなにも……おまえ」


 竜胆は、何故かは分からないが、姿で戻ってきたのである。


 スラッとした体型の竜胆。


 そそるとかそういうのではないのだが、幼なじみの裸エプロン姿というのは、なんというか「背徳感」があった。


 それとあと――


 一瞬見えたのだが、横がスカスカでなんというか……乳首が、ね……。


 ぷっくりと膨らんだ突起が見え、思わず下半身がぴくんっと反応してしまった。


「ウチじゃこれが普通だからっ!」

「ばっか、おまえ!」


 竜胆が後ろを振り返ると、ケツが丸出しだった。


 チラリと見えた「金の毛」は、多分目の錯覚だろう……。


「ふ、普通だから! 普通、普通!」


 強弁を続ける竜胆の顔は、言うまでも無く真っ赤だった――

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