第14話 3度目のクリスマス・イヴ⑥

 日が傾くに連れて、雪がチラつき始めた。


 だというのに、僕たちは青少年科学技術センター近くの公園で、ソフトクリームを食べていた。


「あったかいね~」


――いや、クソさびいよ。ちくしょうっ!


 水杷は相も変わらず、僕の腕にしがみついている。


 しかも、意味の分からない電波発言付きで。


「太陽が傾き始めたってことは、月の神ルナが起きたってことだよね。今日は、ルナ、早起きみたい。昨日よりも、ほんのちょっとだけ、月が出るのが早いから。私、分かるんだ。だって、織姫の生まれ変わりだし。それに、ガニメデ星人の加護もついてるから。春一くんなら、分かるよね?」

「お、おー……」


 いやはや、さっぱり分からん。


 もう、早く帰らせてくれないですかね……?


 僕の願いも虚しく、水杷が離れる素振りはない。


 それどころか、ソフトクリーム食べているというのに、水杷は「晩御飯は何にする~?」と尋ねる有様だ。


「……晩御飯は家族で食べなくていいのか?」

「大丈夫。私の家族はだから。今生での本当の家族は、春一くんだけだよ?」

「……なるほどなぁ」


 どうやら、家に帰るつもりはさらさらないようだ。


 どうしたもんか……。


 悩んでいると、「ティロリン♪」との軽妙な音が鳴った。


 メッセージを受信したんだろう。


 スマホを確認する。メッセージは天津さんからだった。


『やっほー! 明日の待ち合わせを確認したくて、連絡しちゃった! 明日は、何時にどこ集合にする~? クリスマスデート、すっごく楽しみだ~!』


 微笑ましいメッセージに、思わず鼻の下が伸びる。


 だが、その行為は迂闊だった。


「いっ……て」


 喜びを相殺する痛みが、右腕に起こった。


「だれ?」

「水杷、痛い、痛いって!」


 皮膚が抉れるくらい、彼女の爪が僕の腕に突き刺さる。


 思わず腕を振り払うと、水杷がギロリとこちらを睨んだ。


「なに? どういう真似?」


 鋭い目に思わず萎縮してしまう。ただ、ここで譲るわけにはいかなかった。


「どういう真似もあるか! 痛いだろ! 血、でてんじゃねーか!」

「だから?」

「は? お前、いい加減にしろよ! 人傷つけて、『だから?』はないだろ! まずは、謝罪を――」


――謝罪をしろ!


 そう叫ぼうとするも、さらに威圧的な声が水杷から飛んできた!


「ふざけんじゃねぇよっ!!!」

「――うっ」


 普段、温厚な奴が怒ると恐いってのは本当らしい。


 公園中に響き渡った怒声は、僕を黙らせるのに十分だった。


 水杷は急に「うーっ」と項垂れたと思えば、次の瞬間には、ブツブツと何かを言い始めた。


「……き」


――なんだ?


「浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気、浮気――」


 呪詛のように呟く言葉に、条件反射でその場から後ずさってしまう。


 こいつ、やべぇ……。


 もう既に、高校の時の「水杷のイメージ」は崩れ落ちていた。


「水杷……」


 僕が声をかけると、彼女の呪詛がピタリと止んだ。


 それから、彼女は顔を上げると、得も言われぬような、ひしゃけだ笑顔を浮かべていた。


 にへらっ。


 それは本当に、何かにているようにも見えた。


「あー、そういうことかー」

「なんだ? どうした?」


 棒読みの水杷は、持っていたポシェットから1本の「包丁」を取り出し、猫なで声で言った。


「春一くんは、に意識を改変されてるんだね――」

「……ひっ」


 意味不明な単語に、鳥肌が立つ。


「――大丈夫、大丈夫。大丈夫だからね。春一くん。今、連絡が来たのはフォボス星人だから、連絡を返したらだめだよ? 記憶と意識を弄られちゃうんだから」


 じり。


 いつの間にか降り積もっていた雪を、水杷は踏みしめる。


「水杷? なぁ、冗談だよな?」


 水杷は《包丁を振り回し》ながら、一歩ずつ、こちらに歩み寄る。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫――すぐ、楽にしてあげるからねっ!」

「えっ?」


 ゆっくりにじり寄ってきていたのに油断した。


 刃先のリーチ圏内に入ったや否や、水杷がこちらに飛びかかってきたのだ。


 ひゅんっ。


 避けようとするも、体重の掛け方が悪かった。


 体勢を崩した僕に、刃先が突き刺さった。


「あっ――」


 鮮血が、スプレーみたいに飛散するのが見えた。


 ただ、それも束の間。


 水杷は包丁をただ突き刺すだけでなく、何度も何度も、抜き差しした。


「愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる――だから、愛して?」


 人の痛覚に閾値があるってのは本当らしい。


 僕は、雪の降り積もる公園に、ただただ倒れ込んだ。


 あ、これ……。


――死んだわ。


「あ、違う。、フォボス星人だった」


 今際の際に囁かれた言葉に、僕は心の内で「いみわかんねぇ」と毒吐くほかなかった――



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