第11話 3度目のクリスマス・イヴ③

「どっちが似合うかな~。こっち? それとも、こっち?」

「微妙な色の違いなんて、大して変わんないだろ」


 青色の同系色のデニムジャケットを交互に宛がわれるも、青が薄いか、濃いかの違いなんて僕にはよく分からなかった。


「春一くんは、頭はいいのに、馬鹿だな~」


 先ほどから、水杷は甲斐甲斐しく、僕の服選びを手伝ってくれている。


 ジャコモモール2階のアパレルショップ「クライス」に入り、約一時間。


「早く決めろよ」と言わんばかりの店員の目も気になってきて、僕はソワソワしていた。


「うん、分かった! これ試着してみな~」

「お、おう……」

「どうしたのさ~? ラクダみたいに呆けた顔して~」


 いや、まぁ……。一時間もマネキンの代わりしてりゃ、流石に飽き飽きしてくるわい。


「てか、試着とか初めてなんだよ。どうしていいかよくわからん」

「え~。そんなの試着室に入って、着替えるだけだよ~。ほら、お姉さんが一緒についてってあげるよ~」


 半ば呆れた様子の水杷は、服を僕に手渡すと、試着室を指さした。


 あの隅にあるやつか、試着室って。


「ちょっと着てくるわ」

「絶対似合うから、それ買いなよ~」


 既に選んでいた、ブルージーンズとデニムジャケットを手に、試着室に入る。


 服を脱ぐと不思議なことに、今まで着ていたカーディガンがやけに野暮ったく見えた。


「なんか、生まれ変わった気分だ」


 馬子にも衣装ってやつかね。


 自嘲していると、不意に試着室が開いた。


「どんな感じ~?」

「うぉ……いっ!」


 首だけ現れたのは、カチューシャを着けた水杷だ。


「へっへ~。なかなかいいじゃん♡」

「馬鹿野郎。周りの人に迷惑だろっ!」

「大丈夫、大丈夫。減るもんでもなし~」

「……おっさんか。馬鹿」

「春一くんよりかは、馬鹿かもね~」

「学力で人を計るんじゃねぇよ」


 熟年夫婦みたいなやり取りを交わしつつ、レジへ。


 レジ前に立つと、店員がぼそっと「彼女さん、可愛いっすね」と言ってきたが、華麗にスルーした。


 しめて、4万5500円。


 金額を見て、目を丸くしたのは言うまでもない。


 ジャケットと、ジーンズだぞ? いや、シャツもついてるけどさ……。流石に法外すぎんだろ。


 奥深いね。ファッションってのは――


「せっかくだし、着ていきなよ~」

「なんでだよ」

「デニムは着れば着るほど馴染むんだよ~。知らない~?」

「そうなのか?」

「常識だよ~」


 知らなかった。


 なんか口車に乗せられているような気もするが、いいだろう。


 新しい服をいち早く着るのも、たまにはありかもしれんしな。


「なら、一丁、4万の重みでも感じるか」

「あはは、その意気だよ~。じゃあ、後は靴だね~。先に靴屋にいっとくからね~。いいの見繕っとく~」


 まだ、靴もあるのか……。


 げんなりするも、水杷はどことなく楽しそうだったので、大目にみるとしよう。



「ジャコモで5万以上遣う日が来るとはな……」


 自分自身、驚きだったが、気分は晴れやかだ。


 着ていた服を、もらった紙袋に突っ込み、靴屋へ直行する。


 すると、今度も水杷はアドバイスをしてくれ、その場で白いスニーカーを買った。


 なんでも、白いスニーカーが、若者の間で流行してるんだとか。


「定価3万円が30パーセントオフだなんて~。良い買い物したね~」

「約2万円でも、僕にとっちゃ十分高いけどな」

「わはは~。オシャレは努力だよ~。努力はお金に比例するんだよ~」


 資本主義の極みみたいな発言だな。


 まぁ、水杷の言うことにも一理あるか。


 僕は「そうかもな」と、笑いながら首肯した。


「じゃあ~、春一くん。今度は私の買い物に付き合ってくれるかな~?」

「あぁ、もちろんいいぞ。何を買うんだ?」

「ついてくればわかるよ~」

「……あ?」


 水杷に手を引かれ、ジャコモ内を移動する。


 どこへ連れていかれるんだろうか……。


 てか、知らん間に腕組んでるし……。高校の時も、水杷はこんな感じだったなぁ。


「ここだよ~」

「……冗談だよな?」


 連れられたのは、女性用の下着売り場だった。


 カラフルかつ、パステルなブラジャーやパンティが並ぶ中、彼女は水先案内人のように僕を先導した。


「下着売り場にいるなんて、春一くんはエッチだな~」

「……お前が連れてきたんだろ」

「あはは~。こんな恥かいちゃ、もうお婿にいけないね~。でも安心しなよ~。私が、どうしようもない春一くんをもらってあげるからさ~」


 水杷の言葉に、思わずドキリとしてしまった。


――冗談だよな?


 真意こそ見えないが、彼女は下着を入念に選び始めた。


「春一くん。どっちが似合うかな?」

「馬鹿野郎」


 胸に黒のブラジャーを当てる水杷。


 もう片方の手には、紫のブラジャーを手に持っている。


「なんでだよ~。服、選んであげたじゃんか~!」

「そんなもん決められるか!」

「純朴だね~。私たち、もう大学生だよ~? 私の胸も、こんなに育っちゃったしさ~」

「なにをっ……!」


 水杷は、恥ずかしげも無く破廉恥な話題を振った。


 そして、彼女は僕の耳元で、甘く囁いた


「Dカップだよ、わ、た、し♡」


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん?


「な、なんで急にそ、そんなことを!?」


 同級生の発育にドキマギしていると、水杷はまたもやカラカラと笑った。


「も~、照れちゃってさ~。試着室行くから、着いてきてよ」

「なんでだ!」

「え~、さっきは着いていってあげたじゃ~ん。お返ししてもらわないとさ~」


 僕の戸惑いをみて、水杷はからからと笑った。


 仕方ねぇか。


 さっき手伝ってくれた礼は返さないといかん。


 そう思い、僕は彼女に付いていく。


 下着売り場の試着室前に放置って、どんな羞恥プレイだよ……。


 周囲の店員にジロジロ見られながらも、その場をやり過ごす。


 そうしている内に、中から声がかかった。


「春一く~ん」

「あ? なんだ?」

「ちょっと手伝ってくれな~い?」

「なんだなんだ?」


 迂闊だったと思う。


 水杷の真似をして、首だけ試着室に差し出すと、そこには姿があった。


「おっきいでしょ♡」

「ばっ!」


 声を出しそうになるのを、必死で抑える。


 ほどよい大きさの双丘を両手で携えながら、彼女は指で乳首を指さした。


「バージンピンクに合うのは、黒~? それとも、紫~?」

「み、ず、は~!!!」


 僕は試着室から首を引っ込めた。


 彼女の笑い声が、しばらく僕の耳から離れなかった――

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