ループ⇄水杷楓の場合

第9話 3度目のクリスマス・イヴ

 目覚めると、ベッドの上だった。


「うおぉぉぉぉぉ……!」


 あまりの「出来事」に、思わず飛び起きてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……あれ?」


 息切れしながら覚醒するのは、初めてのことだった。


「あれ……あれ? 生きて……る?」


 両手をグーパーしながら、感覚があることを確かめる。


 ……死んだはずじゃ?


 椎堂さんに刺された箇所を慌てて確認すると、そこにはなかった。


「……ははっ。夢?」


 夢にしてはリアル過ぎだろ。


 自問自答を行うも、僕が生きてるという事実に揺るぎはない。


 どうやら、死んでないようだ。


 寝覚めの悪い悪夢を見てしまった。


 毛布のふかふかさが妙に心地良い。


「寝汗すごっ……。シャワー浴びなきゃだな。こりゃ」


 クリスマスの日に、椎堂さんから刺されるなんて……。


 欲求不満とかそんなレベルじゃねーぞ。


 19年間彼女なし男。


 如月春一きさらぎはるいちも、とうとうセックスした後、女に刺される夢をみる年頃か。


「あー、気持ち悪ぃ。椎堂さんってのが、妙にリアリティがあるのも込みで、最悪だ」


 椎堂さんと言えば、ヤリマンで有名な先輩だ。


 噂によれば、顔の良い男を片っ端から喰ってるらしい。


 夢でも、彼女に喰われたのは、変な噂によるものだろう。


 しかして、気持ちよかったのは、あまりにも生々しい。


 アイスピックは痛くもあったけど……。


 てか、夢にしても、悪ノリしすぎた。


 椎堂さんはああ見えて優しいのだ。人当たりのいい椎堂さんが、殺人鬼なわけないだろ。


「常識で考えて……な」


 ベッドから起き上がり、洗面所へと向かう。


 洗顔の後、お気に入りのタオルで顔を拭う。


 てか、今何時だっけ?


 先に時間を確認すると、時刻は8時ちょうどだった。


「8時ちょうど? うそだろ?」


 寝覚めの悪い夢を見た割には、ゆっくり寝られたみたいだ。


 朝のルーティンで、テレビをつけると、ニュース番組の「モーニングビュー」が始まったところだった。


『今日はクリスマス・イブですね、上屋敷さん! 何かこの後、ご予定とかはあるんですか?』


 クリスマス・イブ……?


 あ、そうか。クリスマス――


 とそこで、違和感を覚えた。


「あれ、これどっかで……」


『クリスマス・イブですね、鳥家さん! し、かし! 私のクリスマス・イブの予定は、今のところありませんっ! 絶賛募集中です!』

『上屋敷さんとクリスマス・イブを過ごされたい方は、番組まで!』


 つまらんアナウンサーとコメンテーターのやりとりを見つつ、得心いった。


「あ、そうか夢で……」


 


 間違いない。


 このニュースは、間違いなく見たことがある。


「はは……。なんだよそれ、デジャヴじゃんか」


 鏡の自分に問う。


 だが、当然のことながら返答はない。


「あ、いや……。考えすぎか。忘れよう」


 夢の一つや二つで慌てすぎた。


 明日は、天津さんとクリスマスデートなんだ。


 切り替え、切り替え。


 ゆるふわ癒やし系で、西瓜みたいな乳を持ってる、犬顔の先輩のことに頭を集中させる。


 絹みたいに白い肌、ムチムチの太腿、見るだけで愚息が反応するデカい尻――


 セックス・シンボルの塊みたいな天津さんと、明日はワンチャンあるかもしれないのだ。


 人生の運をすべて使い切ったんじゃないかってほどの幸運を逃す手はない。


「あち! あち、あちっ!」


 熱々のシャワーが、僕の頭を冴えさせた。


 クリスマスデートの計は、クリスマス・イブにあり!


 服買いにジャコモに突撃じゃい!


 シャンプーを念入りにした僕は、その後、大型複合商業施設・ジャコモモールへと赴いた。

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