第7話 2度目のクリスマス・イヴ⑥

 クリスマス・イヴが夕日とともに終わりを告げようとする中、僕は走っていた。


「くそったれ!」


 なんでこんなことになったのか。


 椎堂さんのスマホを握りしめ、雪のちらつく夕刻をただただ、走り続ける。


「待てよ!」


 背後から迫りくるのは、椎堂さんの影だ。


 女性だというのに、何故、こんなにも足が速いんだろうか。


 逃げ切ることに必死だからか、本質的でないことが頭の中を駆けめぐる。


「返せよ! 返せって!」


 怒声を投げられるも、僕は決して振り返らない。


 クリスマス・イヴということもあり、街は人混みに溢れている。


 雑踏を駆け抜け、なんとかして家まで戻ろうと、走り続ける。


「誰か! その人捕まえて!」

「それは、卑怯だろっ!」


 椎堂さんが街行く人々に助けを求めると、見知らぬ男が、僕の足を引っかけた。


――あ、まずっ……。


 勢い余って、僕は転倒してしまった。


 なんとか手から倒れこむが、その弾みでスマホが手からこぼれ落ちる。


 てんてんと転がるスマホに逡巡するも、こうなっては捕まること自体が悪手だ。


 僕はすべてを投げ打って、逃げ切ることに決めた。


――ちくしょうっ!


 僕は瞬時に立ち上がり、を見たことを後悔していた。


――なんであんなもん、見ちまったんだよ!


 時をすこしばかり巻き戻そう。


 彼女が風呂に入った瞬間から、僕の逃避行は始まった。




 なんとかして、あの動画を消さなければ。


 先ほど撮られた動画が出回れば、僕の大学生活が終わる。


 それを阻止するためには、動画の削除が必要不可欠だろう。


「汗かいたから、シャワー浴びるね」

「……はい」

「いっしょに入る?」

「いや、いいっす」

「そっか。じゃ、大人しくしとくんだよ」


 椎堂さんは、裸のままシャワールームへ入った。


 彼女の股からは白い液体が流れている。


 恐ろしいことに、コンドームを使わせてもらえなかったのだ。


 どうすんだこれ……。


 もし、彼女が孕んだら?


 それはそれで大学生活が終わる。


 流石にピルでも飲んでるんだろうと思うが……。


「いや、そんなことより動画をどうするかだな」


 無防備にも、椎堂さんはスマホをベッドの上に放置していた。


――流石にロックかかってるよな?


 恐る恐る彼女のスマホを弄る。すると、驚いたことに、画面ロックはかかっていなかった。


「え? 生体認証もなし?」


 これ、いけるんじゃね?


 いやいや、アプリにロックをかけるタイプの人なのかも……。


 祈る思いでアルバムをタッチする。


 すると、やはりアプリにはロックがかかっていた。


 4桁の数字――


 真っ先に思いついたのは、彼女の誕生日だ。


 椎堂さんの誕生日なら知っている。


 何せ、映像研で彼女の誕生日を祝ったばかりだからだ。


 1204。


 しかし、上手くいかない。


「流石に、そこまでアホじゃないか」


 だったら、他に思い当たるのはどんな数字だ?


 咄嗟に、0を四つや、1を四つといった、連続した数字を打ってみる。


 だが、それも違うようだ。


「くそっ!」


 焦燥が募り、何度も失敗していると、直に警告文が流れた。


『認証は後1回のみ有効です』


 ダメか……。


 4桁の暗証番号を試すには、あまりにもヒントがなさ過ぎる。


 こうなりゃ、もう自棄だ。


 投げやりな気持ちで、僕の誕生日を打ってみることにした。


 0829――ロックが解除された。


「……は?」


 開いたことへの喜びより、困惑が勝った。


 なんで、僕の誕生日?


 いや、それは脇に置いておこう。


 まずは、動画の削除が先決だ。


 そう思ったのも束の間。


「なんだよ……これ」


 思わず、絶句してしまう。何故なら、椎堂さんのアルバムは、あまりにも「グロテスク」な写真ばかりだったからだ。


 見知らぬ男の死体。


 しかも、1人だけじゃない。軽く見ただけで、3人の死体と彼女は個別に写真を撮っていた。


 泡を吹いた男たちを嘲笑うかのように、彼女は満面の笑みを浮かべて――


「きさらぎー! でたよー! 帰ろうかー!」

「うぉっ!」


 シャワールームから、彼女は大声で僕の名を呼んだ。


 慌てて、アルバムを閉じ、スマホをに戻す。


 やばい、やばい、やばい、やばい、やばい!


「あれ? どうかした?」

「いや、何もしてないです」

「もしかして、AVでも見ようとしてたなぁ?」


 咄嗟にリモコンを手にしたのが功を奏した。


 緊張のボルテージが一気に高まるも、その場をやり過ごすことにする。


「いや、まぁ……あははっ」

「放っておくと、男って碌なことしないなぁ」


 少し不機嫌だったが、スマホを見たことさえバレなければいい。


 その後すぐ、僕たちはラブホテルから退室し、車中へ。


 喉が渇いたと嘘をつき、コンビニへと立ち寄った隙を見て、僕は彼女のスマホを手に、逃げ出したというのが、ことの顛末であった――

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