第7話 2度目のクリスマス・イヴ⑥
クリスマス・イヴが夕日とともに終わりを告げようとする中、僕は走っていた。
「くそったれ!」
なんでこんなことになったのか。
椎堂さんのスマホを握りしめ、雪のちらつく夕刻をただただ、走り続ける。
「待てよ!」
背後から迫りくるのは、椎堂さんの影だ。
女性だというのに、何故、こんなにも足が速いんだろうか。
逃げ切ることに必死だからか、本質的でないことが頭の中を駆けめぐる。
「返せよ! 返せって!」
怒声を投げられるも、僕は決して振り返らない。
クリスマス・イヴということもあり、街は人混みに溢れている。
雑踏を駆け抜け、なんとかして家まで戻ろうと、走り続ける。
「誰か! その人捕まえて!」
「それは、卑怯だろっ!」
椎堂さんが街行く人々に助けを求めると、見知らぬ男が、僕の足を引っかけた。
――あ、まずっ……。
勢い余って、僕は転倒してしまった。
なんとか手から倒れこむが、その弾みでスマホが手からこぼれ落ちる。
てんてんと転がるスマホに逡巡するも、こうなっては捕まること自体が悪手だ。
僕はすべてを投げ打って、逃げ切ることに決めた。
――ちくしょうっ!
僕は瞬時に立ち上がり、彼女のスマホの中身を見たことを後悔していた。
――なんであんなもん、見ちまったんだよ!
時をすこしばかり巻き戻そう。
彼女が風呂に入った瞬間から、僕の逃避行は始まった。
◆
なんとかして、あの動画を消さなければ。
先ほど撮られた動画が出回れば、僕の大学生活が終わる。
それを阻止するためには、動画の削除が必要不可欠だろう。
「汗かいたから、シャワー浴びるね」
「……はい」
「いっしょに入る?」
「いや、いいっす」
「そっか。じゃ、大人しくしとくんだよ」
椎堂さんは、裸のままシャワールームへ入った。
彼女の股からは白い液体が流れている。
恐ろしいことに、コンドームを使わせてもらえなかったのだ。
どうすんだこれ……。
もし、彼女が孕んだら?
それはそれで大学生活が終わる。
流石にピルでも飲んでるんだろうと思うが……。
「いや、そんなことより動画をどうするかだな」
無防備にも、椎堂さんはスマホをベッドの上に放置していた。
――流石にロックかかってるよな?
恐る恐る彼女のスマホを弄る。すると、驚いたことに、画面ロックはかかっていなかった。
「え? 生体認証もなし?」
これ、いけるんじゃね?
いやいや、アプリにロックをかけるタイプの人なのかも……。
祈る思いでアルバムをタッチする。
すると、やはりアプリにはロックがかかっていた。
4桁の数字――
真っ先に思いついたのは、彼女の誕生日だ。
椎堂さんの誕生日なら知っている。
何せ、映像研で彼女の誕生日を祝ったばかりだからだ。
1204。
しかし、上手くいかない。
「流石に、そこまでアホじゃないか」
だったら、他に思い当たるのはどんな数字だ?
咄嗟に、0を四つや、1を四つといった、連続した数字を打ってみる。
だが、それも違うようだ。
「くそっ!」
焦燥が募り、何度も失敗していると、直に警告文が流れた。
『認証は後1回のみ有効です』
ダメか……。
4桁の暗証番号を試すには、あまりにもヒントがなさ過ぎる。
こうなりゃ、もう自棄だ。
投げやりな気持ちで、僕の誕生日を打ってみることにした。
0829――ロックが解除された。
「……は?」
開いたことへの喜びより、困惑が勝った。
なんで、僕の誕生日?
いや、それは脇に置いておこう。
まずは、動画の削除が先決だ。
そう思ったのも束の間。
「なんだよ……これ」
思わず、絶句してしまう。何故なら、椎堂さんのアルバムは、あまりにも「グロテスク」な写真ばかりだったからだ。
見知らぬ男の死体。
しかも、1人だけじゃない。軽く見ただけで、3人の死体と彼女は個別に写真を撮っていた。
泡を吹いた男たちを嘲笑うかのように、彼女は満面の笑みを浮かべて――
「きさらぎー! でたよー! 帰ろうかー!」
「うぉっ!」
シャワールームから、彼女は大声で僕の名を呼んだ。
慌てて、アルバムを閉じ、スマホを元合った場所に戻す。
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい!
「あれ? どうかした?」
「いや、何もしてないです」
「もしかして、AVでも見ようとしてたなぁ?」
咄嗟にリモコンを手にしたのが功を奏した。
緊張のボルテージが一気に高まるも、その場をやり過ごすことにする。
「いや、まぁ……あははっ」
「放っておくと、男って碌なことしないなぁ」
少し不機嫌だったが、スマホを見たことさえバレなければいい。
その後すぐ、僕たちはラブホテルから退室し、車中へ。
喉が渇いたと嘘をつき、コンビニへと立ち寄った隙を見て、僕は彼女のスマホを手に、逃げ出したというのが、ことの顛末であった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます