第6話 2度目のクリスマス・イヴ⑤

 喫茶店は、レトロな純喫茶で、隠れ家的雰囲気がある落ち着いた店だった。


 流石、椎堂さんが気に入っている店だ。


 ひとっこ一人、来る気配がしない。


「よく知ってますね、こんな店」

「いいとこだろ? 男口説くのによく使うんだよ」

「発言がすぎやしませんかね?」

「嫌なら、断ってもいいんだけどな」


 椎堂さんは、そう言いながら、僕の太腿をさわさわ撫でた。


 いやいや……性欲強すぎィ!


 兎並みに発情する椎堂さんを、僕はかわす。


「映像研の人たちとになるつもりはありませんよ」

「馬鹿だな。映像研の奴らとなんかやるわけないだろ?」


――陰キャはいいけど、ブスは嫌いなんだよ。


 椎堂さんは、今日日、コンプラ的に引っかかりそうなことを、ずばりと言った。


「じゃあ、僕はブスではないと?」

「美形しか相手にしないって言ったはずだけどな」


 太腿を触っていた手で、僕の頬を撫でる椎堂さん。


 カラーコンタクトを入れているんだろうか。彼女の瞳は異様に黒かった。


「本気なんです?」

「遊びだよ♡」


 きゃるんっ。と、椎堂さんは甘い声を出した。


 いや、本来なら例え遊びでも、願ったり叶ったりなんだが……。


 こちとら、明日クリスマスデートを控えている身。


 今、遊びの関係は不要だ。


「先約がいるんで。すみません」

「あれ~? 如月に彼女なんていたっけ?」

「いや、彼女じゃないんすけどね。告白したい人がいるんすよ」

「じゃあ、まだ独りなんだ? だったら、1回くらいしてもいいじゃん」

「それは……」


 そうなような気がするんですがねぇ――


 煮え切らない言葉を、心の中で反芻する。


 正直、シたいのは間違いないんだが……。


「ねぇ♡ しよっか♡」

「う~ん」

「何が引っかかってるの?」

「いや、引っかかってるとかじゃないんですけどね」

「じゃあ、いいじゃん。みんなには内緒にしとくからさ。1回だけ!」

「てか、なんでそんなにしたいんですか?」


 理由を知りたいんですけど。


 僕がそう言うと、椎堂さんは端的に「欲求不満だから♡」と答えた。


 手が太腿から少しだけ上に行き、愚息の頭を爪先でカリカリと掻かれた。


「うはぁ……」

「ね?♡ もっといいことしよ?♡」


 耳元で甘く囁かれて、とうとうノックダウンしてしまう。


 あー、絶対後で後悔するのに……。


 完全にその場の空気に流された僕は、思わずコクンと首を縦に振ってしまった。


「じゃ、お会計するか~」


 いつもの口調で話す椎堂さんを見ると、彼女は蛇みたいに、ペロリと唇を舐めていた――



「ねぇ、舐めて?♡」

「……」


 布団の上で、身体を交錯させ合う僕たち。


「結構、うまいじゃん♡ 本当に、アッ♡ 初めて?」

「ひゃじめてでふよ」


 双丘の突起を舐めながら、彼女を満足させる。


「まだ時間あるから、もっかいする?」

「……いや、結構です」


 既に1回果てているので、理性は取り戻している。


 初めての快楽を得たことに違いはない。ただ、相手が椎堂さんというのが……。後悔するところだ。


「若いんだから、もう1回くらいできるだろ~? えいっ♡」

「ひゃん!」


 変なとこ触るなよ……。


 椎堂さんはその気にさせようと必至だが、僕はあくまでそれを固辞した。


 すると、彼女も渋々それを了承した。


「仕方ないなぁ。じゃ、お楽しみは、また今度にするか」

「もうしませんよ」

「なんで? するよ?」

「なんでって……」


 椎堂さんの目は据わっていた。


 雰囲気がピリついていくのを、否が応でも感じる。


「如月はもうアタシのだから。アタシがシたい時に、セックスする奴隷だからね」

「はい?」


 何言ってんだ?


 抗議しようとするも、彼女はいつの間にか、スマホで僕の身体を撮っていた。


 彼女は上半身裸のまま、ずっと動画を撮り続けている。それから、喉の調子を確かめるように、二度ほど咳払いし、途端に騒ぎ始める。


「だめ! やめて! 犯される! 近付かないで! こっち来ないで!」

「ちょ、ちょっと! 椎堂さん! 悪ふざけがすぎますって!」

「近づくなっ!」


 スマホを取り上げようとしたところ、一喝され、思わずたじろいでしまう。


 動画はどうやら、うまく「撮影」できたらしい。


 彼女は最後に「ばら撒かれたくなかったら、言うこと聞きな」と、僕を脅迫した。


 なんでこんなことに……。


 心のざわめきが止むことはない。それどころか、彼女が「舐めろ」と命令するのを、拒むことすら出来なくなっていた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る