第5話 2度目のクリスマス・イヴ④

 水杷と別れ、僕は本屋へと向かった。


「まったく、揶揄われるとはな……」


 高校時代から、水杷はまったく変わっていなかった。


 そういや、当時から僕にベタベタ付き纏う、妙な奴だったなぁ。


 まぁ、付き合うとかではなかったし、距離感の近い友だちとして、今後も接していくことになりそうだ。


 ただ、気がかりなのは、だ。


 あいつ、あんなピンクの服とか着るやつだったっけ?


 ま、生きてりゃ価値観も変わるのが人間か。


 そんなことを思いつつ、マンガコーナーをチェックしていると、またもや知人に出会った。


「如月?」

「あ、椎堂しどう先輩。お疲れ様です」

「うん、おつかれ」


 マンガコーナーで声をかけてきたのは、大学の映像研究サークルの先輩、椎堂茅夏ちなつさんだった。


「相変わらず、すごい格好っすね……」

「そう? アタシとしては普通なんだけど?」


 思わず声に出してしまったのは、コスプレまがいの格好を、椎堂さんがしていたからだ。


 オープンショルダーの長袖、フード付きのパーカー、そして、スカート下の太腿にはチョーカーという得も言われぬスタイルだ。


 椎堂さんは、自慢だというピンク色の髪に服を合わせているらしい。そのためか、配色が全体的にピンクと黒で構成されていて、かなり痛々しく見える。


「地雷系っすか?」

「んー、そうとも言えるかも。でも、アタシとしては、自分を表現してるだけなんだけどね」


 あいたたたたた……。


 彼女の言葉を聞き、不意に共感性羞恥が起きた。


 せっかく美人なのに、喋ったら勿体ないというか、残念な人なんだよなぁ……。


「と、ところで。先輩は何してたんです?」

「何してるも何も、マンガ買いにきたんだよ」

「また、BLマンガですか?」

「そうだよ。最近は、どこの書店にも普通に置いてるからな。良いのが手に入ったんだよ」


 ほら。と、椎堂さんは戦利品だという、マンガを1冊ずつ僕に見せた。


 全部で4冊。


 表紙で男たちが絡み合ってるんだが、こういうのをショッピングモールに置いていていいんだろうか……。


「お腹いっぱいです」

「よさげだろ? 気になるやつがあれば、貸してやるよ」

「いえ、結構です」

「かわいげのない後輩だなぁ。それで? 如月は何を買いにきたんだよ」

「何ってのは、ないんですけどね。新刊があればいいな~とか」

「マンガ以外に何か買ったんだろ? 右手に紙バック持ってるじゃん」

「あ、これすか? そうなんですよ。服と靴、買ったんですよ」

「……お前がか?」


 信じられん。


 椎堂さんは失礼にも、驚きの表情を僕に向けた。


「僕だって、服くらい買いますよ」

「そうか。ファッションに興味を持ってくれたなら、仲間が増えたみたいでうれしいよ。ま、ジャコモで服買うやつはあんまり信用してないけどな」

「一言余計っすよ」


 地雷系ファッションの奴に、服の講釈を垂れられるとは、この世界は奇妙奇天烈だ。


「悪い、悪い。なぁ、暇ならお茶でも飲んでいくか? 奢ってやるぞ」

「え、いいんすか?」

「映像研の可愛い後輩だからな。場所移すか。近くに行きつけの店があるんだよ」

「じゃ、ついていきます」

「おっけー。じゃ、車で来てるから、いっしょにいくか」


 時間が少し気になるところだが、まぁ先にお茶するのも悪くない。


 椎堂さんに連れられ、急遽喫茶店へ。


「助手席座れよ」

「男連れみたいに見えますよ? 彼氏さんに悪いっすよ」

「彼氏なんていねーよ。セフレなら何人もいるけどな」


 ガハハ。と、椎堂さんは豪快に笑う。


 何というか、、とはこの人のためにあるような言葉だ。


 兎やら猫やら、マスコットだらけのファンシーな軽自動車に乗っていると、椎堂さんがポツリと言った。


「なぁ、如月」

「なんですか?」

「茶飲みに行くっつったけど、場所変えるか」

「なんでですか?」

「いや、なんかめっちゃムラムラしてきたからよ。ホテル行くか」


 ……は?


「いやいやいや。そういうことするのって普通、男女逆でしょ!?」

「馬鹿、冗談だよ。冗談」

「なんだ冗談ですか……。揶揄わないでくださいよ」

「ま、アタシは別に、如月とならセックスできるけどな」


 どくんっ。と、鼓動が一瞬跳ね上がった。


 流されそうになる。というのは、こういうことなんだろうか。


「僕は――」

「ま、とりあえず、茶飲みにいこうぜ」

「……うす」


 やけに香水臭い軽自動車のせいだろうか。僕の心は、シーソーのように傾いては、また元に戻るを繰り返したのだった。

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