6-2 本番の一 2

 少女が一度、自分から離れた。その場に真っすぐ立っていて、特に戦闘の構えなどはないようだった。


 明途は少女に攻撃することができなかった。彼が今まで相手にしてきたのは、化け物ばかりだった。理性のある相手でもなければ、傷つけるのに躊躇う必要もなかったのだ。そうしなければ、自分が死ぬかもしれないという状況で話し合いすらできなさそうな相手だったからだ。しかし、目の前の少女はそういう理性のない化け物というわけではないだろう。それに一度助けられているのだ。そんな彼女に攻撃することには抵抗を覚えている。


「攻撃してこないんですか~。躱してばかりではいずれ、死んでしまいますよぉ? 死にたくないから、ここまで戦ってきたんですよね~。いいんですか、ここで死んじゃいますよぉ?」


 彼女のとの距離は再び一気に詰められた。今度は拳が自身の腹に突き立てられようとしていた。彼は相手の拳に自身の手を当てて、何とか相手の攻撃の軌道を逸らしながら、体を横に動かして回避していた。彼女の拳に当てた手が掴まれた。そのまま、彼女は自分の方に腕を引いて、彼のバランスを崩した。彼はその力に抵抗しようとしたものの、相手の力がかなり強く、その力に抵抗することができなかった。相手の腕を引かれて、相手の膝が自身の体に当たる軌道にあった。彼は自身の片足が地面についていたため、その足で思い切り飛ぶ。片足だけの力ではあるが、前に跳んで、自身の体の軌道を変えた。相手の膝を飛び越えて、相手の後ろに行くような軌道を取る。相手の手は自身の腕から外れていないのだが、彼が彼女の飛び込むような形になったせいで、彼女は後ろにバランスを崩した。彼の体重が、少女にかかり、押し倒すような形になる。彼はそこがチャンスだと思い、相手の体を自身の体重で押さえつけた。


「ちょっと待ってくれ。俺はあんたと戦いたくはないんだ!」


「それは無理ですよぉ。あなたがここにいるんですから、これ以上進めないというのなら、ここで脱落してくださ~い。そうじゃないなら、戦わなければいけませんよー」


 彼女は思い切り起き上がるだけで、彼は簡単に吹っ飛ばされる。彼女は簡単に起き上がり、上から彼を見下ろしていた。彼女は穏やかで優しそうな雰囲気を纏っているのだが、それと共に明らかに自分よりも遥かに強いというような雰囲気も纏っている。たとえ、最初から本気で戦おうとしても勝つことができるわけがないのだ。


「さぁ、立ってくださぁい? まだまだ、本番は始まったばかりですよぉ?」


 ゆったりとした言葉が、油断ではなく、強者ゆえの話し方にすら聞こえてくる。どうやら、話すことができるだけで、自分の意見を理解してくれるわけではないらしい。彼がそのことを理解すると、彼女を説得することを諦めたようだった。実力差がありすぎて、死なないように手加減なんてことをしていれば、死ぬのは自分だろう。つまりは、手加減なんてものをすることはできない。彼女を殺す気で戦わなければ、彼女に勝つ可能性は零に等しい。


 彼が立ち上がり、その手に包丁を創り出した。それを彼女は、彼が本気で戦おうとしているのだと解釈していた。彼女から攻撃することはなく、彼が動き出すのを待っている。待つときの構えも特になく、彼女はただただ突っ立っているだけにしか見えない。


 彼は包丁を片手で持ち、彼女に向かって走りだした。彼女の速度についていくことなどできるはずもないが、彼はそのことは、一度考えることをやめた。彼女に近づき、包丁を振るう。しかし、どの攻撃も軽く回避されていた。それどころか、カウンターを狙われているようだった。相手の攻撃に対しての嗅覚は鋭く、彼女も意味のないカウンターを打つほどの馬鹿ではない。しかし、彼の攻撃はあまりに素人で、彼女に刃が入ることは全くなかった。


「あれらを相手にしていたせいか、あなたの攻撃はつまらないですねぇ。躱すことばかりが上手になっていますね~」


 彼女はそういいながら、彼が包丁を振るった後に、彼の腕を掴み、後ろに回した。そのまま、自身の体重を彼に押し付けて伏せさせる。包丁は既に地面に落ちていて、彼には抵抗する術がなくなってしまった。そもそもの力では敵わない状態でそういった体勢になってしまえば、それを押し返すのは困難だろう。


「少し、期待しすぎていましたかね~。そろそろ本番の一は突破できると思っていたのですが、そういうわけではなかったようですぅ」


 彼の耳元でそう言ったが、彼は彼女の拘束に抵抗できない。掴まれていない手をいくら振り回しても、彼女には当たらないし、体勢を変えようとしても、自身の体は押さえつけられたままで、動かないのだ。

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