6 本番の一

6-1 本番の一 1

 彼が目を覚ます時には既に、彼を守っていた女性はそこにはいなくなっていた。彼も一人で寝こけていたと考えているし、そもそも誰かがいたということも感じていない。彼が目を覚ましても、湖がある景色は変わらなかった。体力もそこそこ回復して、その場に立ち上がる。眠っていたせいで、次の部屋と続く扉を見逃してしまったのだろうか。この場所にずっといるというのは、さすがに気が滅入る。真横には先ほど倒した化け物が未だに倒れているのだからその場所に居続けるのは単純に嫌なのだ。


 彼が辺りを見回していると、彼の周りに白い光の球がいくつか出現して、その球の光が大きく広がっていく。その場の全てを飲み込んでいき、彼も光の中に飲み込まれていく。彼はそれが次の部屋への扉だと思い、そのまま動かずにいた。




 視界の中の光が消えて、彼の視界に映る。そこは大きな部屋だった。天井もかなり高いが、模様が描かれているとか独特な形をしているとかそういうわけではなく、シンプルな天井だ。壁は明るい灰色で、汚れ一つない。壁際には空色のキャビネットがいくつかおいてある。その手前には、四角いテーブルが置いてあり、そこには椅子が一つだけついていた。彼のいる場所とは反対の壁の隅には人が一人通ることがで来そうなドアがそこにあった。床は硬質で歩けばカツンと音がしそうなほどだ。テーブルやキャビネットがあるところにはカーペットが敷かれている。


 彼が部屋の中を見渡していると、部屋の隅にあるドアが開いて、そこから一人の少女が入ってくる。彼は、少女の見た目を覚えていた。いや、忘れるはずがないのだ。あの歪んだ人間のような化け物から助けてもらったのだから、覚えていないはずもない。彼は警戒心を薄くして、彼女の方を見た。彼女も自分を見ているのがわかった。


 灰色の長い髪を持ち、右目側が髪によって隠れている。耳の位置は彼とは違い、頭の上の辺りについていて、根元の辺りが内側に丸くなっている。ネズミのような耳を持っていた。瞳は大きく赤色。頭の後ろに髪留めが付いていて、その紙止めには赤いリボンが付いていた。背丈は小さい。首にはチョーカーをつけていて、それを隠すようにパーカーを着ていた。パーカーは服を二分するように赤と灰色になっており、その継ぎ目は糸で結んであるかのようなデザイン。ホットパンツを履いており、彼女の体には多少大きいパーカーの下から少しだけ見えている。靴はローファーのようなもので、右腕にはフリルのついたシュシュをつけている。


 彼女は手にカップやポットなどを持っていて、それをトレイに乗せていた。彼女はテーブルに乗せた。そのまま、どこからともなく、お湯を出して、それをポットの中に入れた。既にそこには何かが入っていたのか、ポットの中で何かが揺れた。


「さて~、この部屋では本番ですよぉ。ここまでの経験と知識と、えとー、そのほか様々なことを私相手に試してもらいますぅ。では、お紅茶が覚めるまでが、制限時間ですよ~。ではでは、勝負開始っ」


 彼女は一息にそういうと、彼が状況を理解する前に、彼女がいきなり目の前に移動してきていた。相手は彼より少しだけ身を低くした状態で、そこから手を真上に振り上げる。彼はその手が見えていたわけではないはずなのに、本能からかギリギリ回避できていた。しかし、相手の手の勢いのせいで、その手から出ている風圧を感じる。もし、今の一撃が当たっていれば、確実に気絶していただろう。いや、気絶で済んでいればいい。体から首が離れる可能性すらある威力だったはずだ。


「あ~、上手く躱しましたねぇ。でも、これで終わりだなんて、思ってないですよねー?」


 彼女は手を上げて、体が伸びた状態のまま、足を振り上げて、空中で軽く軌道を変える。その軌道を変えた状態で、さらに足を振り、空中で彼に蹴ろうとしていた。彼は片腕を出そうとしたが、それが悪手であることには既に気が付いていて、腕の前に出しながら、彼は体を後ろに退いた。相手の攻撃をギリギリで回避していた。それで奇跡的に攻撃を回避しているという、感覚を彼は感じていたが、それはまぐれでもなんでもなく、彼の実力そのものだった。彼は回避に関しては何度も何度も、やってきた。死なないために回避をし続けていたのだから、回避能力が上がっているのは当然だろう。自分より格上の化け物を相手にしてきたのだから、回避の嗅覚が鋭くなっているというのもあるだろう。


「なかなか~、やりますね~。でも、どれだけ回避できますかぁ」


 彼女の話し方はゆったりとしたものなのに、その動きは鋭く、一撃でも当たれば、少なくとも気絶というような攻撃ばかりだった。

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