6-3 本番の一 3
彼はやがて、抵抗をやめた。体を上に浮かそうとしても全く動かないのだ。魔法を詠唱できるような隙は無く、魔法で反撃することはできないだろう。やはり、実力が違いすぎるのだ。彼はそこから抜け出す術はもう思いつかなかった。彼女に挑発されようとも、彼女に攻撃することはできない。既に、反撃の意思は折れていた。
「う~ん。これはもうダメですね~。ここでリタイアするなら、死んじゃいますよー? それでいいのですか?」
彼女は穏やかな声で残酷なことを言う。もはや、勝てないことを理解していて、そう言っているような気すらしてきた。それでも彼の心に火をともすことはできない。
「死にたくはない。死にたくはないが、ここからどうすることもできない。化け物を相手にするのとは全く違ったんだ」
「そうですかぁ。諦めたなら、死んでくださいねぇ」
彼の背中に彼女の拳が叩きつけられる。背骨がきしみ、もう一度同じくらいの衝撃を背中に与えられれば、骨にダメージが入るだろう。もし、背骨が砕け散れば、それだけで自身の負けは確定するし、死を逃れる可能性は零になるだろう。それは本当にまずい。この状況をどうにかしなくてはいけない。ここから動くことはできない。魔法は隙が無いから使うことができないと考えていただけだが、試したわけではない。
「風よ。ウィンドカッター」
彼は相手に止められる前にただただ早口で、そう唱えた。彼女は魔法の詠唱に気が付いて、彼の体に体重をかけて、彼の詠唱を中断させようとしたが、その時には既に詠唱は終わっていた。できる限り、すぐに想像できて詠唱も早口で言うことができそうなものを選んだ。呪文的にはもっと短いものもあるだろうが、彼の頭に浮かんだのはその魔法だった。
彼の周りに一つだけ、薄緑色の玉が出てきて、それが風の刃となった彼女に襲い掛かる。彼女は彼の拘束を解かなければ、攻撃に当たったしまう。だから、彼女は彼に上からよけるしかなかった。彼はその隙に素早く起き上がった。
「……諦めていなかったんですねぇ。まぁ、死にたくないのに、戦わないという選択肢は取れませんかー?」
彼女の拘束から逃げ出すことができただけで、勝ったわけではない。しかし、あの程度の魔法であっても、彼女にダメージを与えることができるかもしれないというのは、彼の希望になる。魔法で攻め続けるのは難しいだろうが、物理的な攻撃では全くダメージを与えることができないのだから、魔法を使うしかない。
彼女はまた急接近してくる。彼はそれに合わせて、体を後ろに傾ける。彼が傾けたぎりぎりに相手の腕が通り、彼は次の攻撃が来ることを予想して、軽く後ろに跳んだ。相手の次の蹴りも回避できていた。彼女との戦闘で、彼の攻撃を読む能力が強化されていた。その自覚はないため、相手の攻撃に合わせて、回避したと同時に攻撃を仕掛けるような器用なことはできなかった。彼は回避しながらも、相手に攻撃を与える隙を探していた。隙というか、自分が攻撃できるようなタイミングだ。彼女の隙が大きい時ではなく、短くとも詠唱ができるような隙だ。彼女の攻撃を読みながら、一度でも間違えれば負けの素早い連撃を何とか回避している最中に魔法を構築することはできなかった。
何とか攻撃するためにほんの少しだけの時間があれば、魔法を構築することはできだろうが、そういう隙すら無い。無意識で想像することができるような魔法は威力がかなり低く、彼女を相手にしても有効にはならないかもしれない。しかし、彼は祖の魔法を使うことにした。
「火よっ、ファイア、ボールっ」
相手の動きを読みながら、魔法を詠唱する。その魔法の想像が自分の頭でできているのかは彼にもわからない。そのため、彼の祖の詠唱は失敗した。頭の中に明確なイメージがなければ、魔気はその魔法を構築することができない。だが、彼は諦めていなかった。相手の攻撃を見ながら、自身の頭の中に魔法をイメージする。そして、魔法を詠唱する。何度かそれを続けている間に、徐々にその動きが連動してきた。攻撃を回避すると言っても、相手の攻撃が一瞬だけ退くタイミングがあることに気が付いた。じっくり考える時間があれば、彼もわかっただろう。拳を前に出して攻撃すれば、それを引くための時間がいる。連続で攻撃するとしても、それぞれに退くタイミングがあり、そのわずかな隙でイメージを構築することにした。しかし、そのタイミングがわずかであるため、すぐにその中でイメージを完成することはできなかった。イメージに集中すると相手の攻撃に当たることはわかりきっているため、自身の魔法にはあまり集中できていなかった。
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