5-2 湖の主 2

 目の前の胴体の長い化け物は体を縮めていた。自身の体を折り曲げてばねのように体をくねらせる。明途は相手の動きを見るために、相手の動きに集中していた。彼の動きを見ながら、相手はそのばねを開放する。その瞬間に、相手の体が急速に自分に近づいてくる。彼はその速度に慣れておらず、相手が近づく前に、回避してしまった。彼の回避の後に相手は自身の飛ぶ方向を大きく修正することはできず、彼の横を通り過ぎていく。相手は彼の後ろに回り、ばねの勢いを利用して、自身の体を先ほどと同じように縮める。そこは陸地であり、相手の体が水中にいる時よりも折り曲げられる。先ほどは地面を這いながら突撃してきていたが、今度は陸地でも体をばねのようにして飛んでくるようだった。彼は再び相手の動きを見定めるために、相手に向き直る。


 彼が向き直ったのと同時に、相手のばねが解放されて、彼に突進する。彼はその攻撃もギリギリではなく、かなり手前で回避する。先ほどよりも手前で回避したような気がさえする。相手の巨体でかなりの速度があると、当たってしまうことを想定するとどうしても先に体が動いてしまうのだ。彼の意思は関係なく、死を前にして、動かない生物などいるはずがない。理性で本能を抑えられるほど彼は死に慣れていない。


 相手は避けた彼の横を通って、再び水の中に戻った。先ほどのように、彼を水の中に落とすことはできなかった。化け物は全身を水の中に沈めた。湖が大きく波が立っている。相手が水の中から再び、勢いよく出てきて、その体の周りに小さな水の玉が出現していた。それはただの水しぶきというわけではなく、化け物の動きに追従して、動いていた。彼の逃げ場をなくすように、彼の周囲を回る。彼が逃げ道を防ごうとしていると気が付いた時には、既に逃げることはできなくなっていた。彼を取り囲むように水の玉が表れて、本当に彼の逃げ場はなくなっていた。幸い、水の玉が出現するための時間があり、彼はそれを認識して、岩の壁を作り出した。全方位からの攻撃から身を守るために、自身を中心に半球の壁を作り出す。無数の水の小さな粒が、彼に向かって飛んでいく。全ての粒が岩の塊に向かって飛んでいく。岩が少しずつ削られていくが、それでも彼には到達しない。しかし、岩の内部にいる彼には、外からかなりの衝撃を受けているように聞こえるだろう。音が中で反響しているのだ。


 相手の攻撃が全く終わる気配がなく、衝撃音が中に響き続ける。音が響くだけならあまり問題はないが、その攻撃が続けば、岩の塊もいずれ削られ切ってしまうだろう。削られれば削られるほど、その防御力は弱くなっていく。岩が崩れる前に相手の攻撃が終わってほしいと思うが、彼の意思では敵の攻撃がどうなるわけでもないだろう。彼は二枚目の壁を作ろうとしたところで、衝撃音が消えた。警戒しながらも彼は、岩の壁を崩して中から出ていく。岩の壁を崩し、外の光が入り込んでくる。彼の視界の中には敵が映っていた。まだ敵はその場にいて、攻撃を一度やめたようだった。しかし、相手の顔らしき部分は彼を捕捉している。しかし、次の攻撃をする気配はなかった。水の中に戻るような気配もなく、その場に佇んでいる。彼が動くと、相手の顔が彼の動きに合わせて揺れる。まだまだ、敵意を感じるが、攻撃してこない理由は全く思いつかない。もしかすると、魔法を使ったために、一時的に体内の魔気の量が少なくなって動けないのかもしれない。化け物の持っている魔気がどういう特性を持っているかはわからないが、少なくとも明途のような生物であれば、魔気が瞬時に回復するということはないはずだ。相手が動けないというのなら、と彼は手の中で、長い包丁を創造した。その包丁を持って、動かない相手にゆっくりと近づいていく。しかし、彼が近づくと、化け物はその速度と同じ速度で、離れていく。最初より少し急ぎ足で相手に近づくと、相手との距離は徐々に縮まっていく。しかし、彼は途中で足を止めた。その理由は、それ以上近づくと、湖の中に足を入れることになるからだった。相手の動きがゆったりである理由が魔気切れ出なければ、それは罠ということになるだろう。彼はそれ以上進むことが怖くなった。彼はそれ以上近づけないことを悔やんでいたが、その悔しさを包丁に込めて、相手に投げつける。包丁はくるくると綺麗に回転して、相手に向かって飛んでいく。相手にはそれが見えていないのか、回避する様子がなかった。そのまま包丁の刃が化け物の皮膚に傷をつけた。相手にとってはその程度のダメージは気にするに値しないものなのかもしれないが、彼にとっては大きな進歩ではあった。

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