5 湖の主

5-1 湖の主 1

 後ろに回っていた化け物の動きが明途の予想よりは早く、彼はとっさに回避する。しかし、完璧に回避することはできずに半身だけ相手の体にぶつかった。半身だけだというのに、その衝撃は凄まじく、彼の体が宙に浮いた。そのまま、少し離れていたはずの水の中に彼は叩きこまれた。彼が落ちたのは幸いにも、水の浅瀬のところだった。水しぶきが上がり、彼の衣服がずぶぬれになる。急いで立ち上がり、再び戦闘態勢を取る。彼の体から大量の水が滴っていた。水を吸った服はかなり重く、動きにくい。しかし、服を乾かすための時間なんて物はない。風の魔法を使えば、簡単に乾くかもしれないが、その魔法を使っている間に、敵が襲ってこないはずがない。


 その大きさから考えて、この化け物を倒せば、次の部屋に連れていかれることだろう。そうでなければ、次の行動を考える時間が必要になってくる。だが、今はその先のことを考えていても意味がない。とにかく、目の前の化け物に勝たなければいけないだろう。また、あの少女が助けてくれるという期待はしない方がいいと思いながら、彼はとにかく水から出た。浅瀬とはいえ、水中での動きは制限されていて、とっさに動くと転ぶ可能性が高い。彼は水から離れて、化け物の方を見た。彼が水から上がるのをじっと見ているのか、それとも次の行動を観察しているのか。どちらにしろ、相手はすぐには動かなかった。水から上がったその陸地には、相手が這いずった後が地面にくっきりと残っていた。それだけ見ても、その体がかなりの長さであることは簡単にわかるだろう。相手は体をくねくねと揺らして、攻撃の機会をうかがうように彼に近づいていく。その速度はゆっくりで、彼の攻撃を警戒しているのがわかった。


 警戒しながら近づき、今まで、彼が立っていた浅瀬の近くまで来ると、そこで足を止めた。化け物は大きな口を開けて、彼の方を向いた。その口の前に、化け物の体から水の魔気が噴き出して集まる。それは球体となった。さらにその球体は大きくなり、相手の顔が見えなくなるくらいの大きさになると、そこから勢いよく水が噴き出した。それはまるでレーザーのような勢いで噴出して、それが彼に向かって飛んでいく。


「土よ、ロックウォールっ」


 さすがに、相手の目の前に水の球ができているのに、何もしないということはなく、相手が攻撃の準備段階の時には彼は岩の壁を作り出す魔法を使っていた。彼の前にはゴツゴツとした壁ができていた。その壁に、相手の水の魔法がぶつかる。水しぶきがあたりに広がり、彼の作り出した岩の壁が少し削れはしたが、それ以上は進まず、完璧に防御することができていた。


「土よ。ロックショットっ」


 相手の攻撃をガードしている間にぼうっとしている必要はなく、彼は壁の端から顔を出して、魔法を詠唱する。彼の周りに掌くらいの大きさの岩の塊が出現して、その塊の形の先端が徐々に尖っていく。棘のような見た目になったそれが相手の方に向かって飛んでいく。彼は相手の体にそれがぶつかっているのを見たのだが、相手はその攻撃を気にしている様子はない。土の魔法では大したダメージを与えることはできないのかもしれない。水棲生物にはやはり、今彼が使うことができる魔法の中で有効そうなのは風の魔法だろうか。


「風よ。ウィンドカッターっ」


 彼の周りから薄い風の刃が出現して、相手の方に飛んでいく。相手は未だに、水のレーザーを出したままで、攻撃し続けている。あの水の玉の中にある水の魔気がなくなるまで、この攻撃が続くなら、それは彼にとっては攻撃のチャンス。彼が出した風の刃は相手に向かって飛んでいく。相手の体にそれがぶつかったときには、風の刃は砕けて自然の魔気へと還っていく。この程度の魔法では全く歯が立たないことを理解したが、魔法以外の攻撃をするには近づかなくてはいけないだろう。相手の突進とすれ違うようにして攻撃を当てた方が自分も動きやすいだろう。洞窟の中で戦った化け物と戦った時のように攻撃するべきだろう。自ら化け物に近づいて攻撃するのは愚策だ。


 それ以外にも火の魔法や水の魔法を使っては見たが、彼の予想通りに大きな効果は確認できなかった。ただ、もっと魔法の威力を出すことができれば、ダメージを与えることもできるだろう。だが、今の彼にはその知識も知恵もなかった。そして、彼が試行錯誤をしている間に、相手が出した水の玉は小さくなりなくなった。相手は水の玉がなくなると、水の中に体を着けて、蛇が獲物を狙うかのように体を縮める。自身の体をばねにして攻撃しようとしているのがわかり、彼も相手の攻撃を避蹴るために、敵の動きに集中する。すれ違いざまに攻撃するといっても動きが見えなければ攻撃をすることはできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る