4-4 川沿いの森の中で 4

 彼は森の中から出て、湖に近づいていく。


「風よ。カットスフィア」


 彼の手の中で、無数の小さな風の刃が生成された。その刃たちが彼の手の上に集まり、球体を形作る。彼はそれを維持しながら、湖に近づいていく。彼の視界には水面が映り、そこに魚影が見えた。その瞬間に、彼は水の中に球体を放り込む。しかし、彼が攻撃すると同時に、他の魚が彼に襲い掛かる。彼が腕を突き出して、魔法を放ったせいで、彼の腕に魚が噛みついた。またもパーカーより奥に牙は入っていないが、噛みつかれたということは他の魚も正確に自分の位置を知るということになるだろう。彼はすぐに森の中に引っ込んだ。彼の後ろに魚が突撃してきて、魚の列をなす。彼の位置が正確にわかっているせいで、先ほどよりも水面から飛び出てくる魚の数が多い。彼の横っ腹に二匹ほど魚が噛みつく。鋭い角度で突撃してきている魚もいて、それを回避するのは不可能だった。空から落ちてくるよりも、速度が速く、彼が反応できる速度ではないのだ。


 森の中に入るころには五匹ほどの魚に噛みつかれていた。魔法を放った腕に一匹。横っ腹に二匹。腕に噛みついている腕とは反対の肩に一匹。ふくらはぎの辺りに一匹。どれも牙を通すまでには至っていないが、ふくらはぎに噛みついている魚の牙は上半身に噛みついている奴より、牙が肌に近くなっていた。相手の牙が極端に短いせいで、何とか服で防御できているのだが、相手が嚙みなおせば、パンツの生地は簡単に貫通するだろう。だから、彼は森に入ってから、すぐにふくらはぎの魚にファイアボールを当てた。魚は簡単に倒すことができるが、牙が刺されば、かなりの痛みだ。それはかなりの負担になる。パーカーを貫通するほどの牙の長さがないということが幸いだった。


 彼は全身にくっついていた魚を燃やし尽くして、魚の死骸を体から払う。五匹に噛みつかれた彼の成果は、どれくらいなのか、彼には全く分からなかった。ただ、全く手ごたえがなく、魚の数が減っているとは思えなかった。やはり、風の魔法よりも、雷を生成できないと、魚たちを倒すことはできないのだろう。雷を作り出す魔法はありそうだが、どうすればいいのかはわからない。


「雷よ。サンダー」


 彼が掌を前に出して、そう唱えたが、全く魔法が発動する感覚がない。体内の魔気が消費され、少し脱力するような感覚が生まれていないということは、そもそも魔法が発動していないということだ。


「そもそも、雷は元素にはないし」


 雷の魔気なんてもの、存在が喪失している記憶の中にあるかもしれないと一瞬思ったが、その存在はなかったようだった。世界の根本は四つの属性からなり、それ以外の属性は存在しない。違う現象に見えても、元をたどれば、四つの属性の内のどれかに辿り着くのだ。彼にはその知識があるのだから、雷よと唱えたところで、発動するはずもない。


 今の彼は四つの属性から派生する属性の魔法を使うことができない。その知識が今はないのだ。鎧や金属の武器のことを考えて、知識を取り戻したように、魔法に関しても何かとっかかりを作り、そこから思い出すこともあるかもしれない。しかし、それを意図的に引き起こすのは難しい。武器や防具なら、元の物に知っている素材を足して形作れば、その記憶も蘇るかもしれないが、現象となると、そのとっかかりも作りにくい。


 今の彼には電気を作るということしか頭になく、そこから思考が離れない。もう一度近づくことはできるかもしれないが、魚の速度を考えると、あの湖に近く回数を増やしたくはなかった。何度も何度も、同じことを繰り返していれば、相手が学習する可能性もある。


 しかし、彼はごちゃごちゃと考えていると、その考えること自体が面倒に感じてきた。そもそも、あの湖に魔法を連続で放てば、それだけで、魚の数を減らすことができるだろう。湖とは言え、浅瀬の魚を倒すことができれば、次への扉が出てくるかもしれない。


「風よ。スフィアエアニードル」


 彼が目の前の湖の浅瀬の上に空気の塊を作っていく。風の魔気がそこに集まり、薄緑色の球体がその場に出来上がる。そして、その球体からすさまじい勢いで、水の中に細い針のようなものが連続で叩きこまれる。水面に波紋を作り、無数の針が水の中に突っ込んでいく。彼は大広間のトラップの黒い球体から出る無数の針を想像したのだ。大量に撃ち込まれた風の針は水中にいる魚に突き刺さる。水の中にいても、風の針の勢いは衰えず、伊藤する前の魚をいともたやすく、殺し尽くした。風の球から針が出てこなくなり、風の球が消失した。水面は荒れていて、そこに浮かんでいるのは魚の鱗だった。

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