4-2 川沿いの森の中で 2

 彼は水中から飛び出してきた、それを回避することができなかった。それが視界に入るときには、その飛び出してきたものが自身の二の腕の辺りに噛みついていた。幸いにもパーカーを貫通してかまれているわけではなかった。そして、その姿は明らかに魚だった。大部分は魚ではあるのだが、羽のようなものが付いていて、ひれに見えるが明らかにそれが小さな翼になっているようだった。ただ、その小さな翼が空中で使うことができているのかと言われると、効果があるようには見えなかった。水中でもそれが機能しているのかはわからないが、それでもその羽をパタパタと動かしている。体もくねくねと動かして、自身の牙を肉に到達させようとしていた。彼は驚いただけでだったため、すぐに魚を掴んだ。そして、パーカーには引っかかっている牙を無理やり外そうとしていた。服からびりっという音が聞こえると、彼は引っ張る手を止めた。しかし、そのまま噛みつかれたままだと、いずれ自分の腕本体に牙が届いてしまうだろう。そう考えれば、その魚を無理やり外すしかなかった。しかし、思うように力が入らない。それもそのはずで、彼が相手にしている魚の表面が水で滑って、力が伝わらないのだ。確実に引っ張ってはいるのだが、それでもすぐには外れない。


 彼は湖の近くだというのに、全く水の方には無警戒で、魚と格闘していた。水面の下には小さな魚影があるというのに、彼にはそれが目に入っていない。そのまま彼が湖の近くで魚を外そうとしていると、湖の方から音がした。彼はその音でようやく、水の方に意識が向いた。その視線の先には既に飛び出した、今腕に噛みついている魚と同じ魚が飛んできていたのだ。彼が思考するより早く魚が彼の手に噛みついた。魚を外そうとしている手とは反対の手。つまりは、今魚が噛みついている腕の先にある手に噛みつこうとしていた。彼は反射的に手を上げたが、その反応速度より早く、魚は彼の腕に噛みついていた。


「いっっつ!」


 彼は瞬間的に強い痛みが手に走り、反射的に手を振ったが、魚はそれくらいで歯を外してくれることもなく、手に噛みついたままだ。彼の手から少量の血が流れて、パーカーを赤く染める。噛みつかれたときほどではないが、かなりの痛みが彼の手に伝わってきている。今すぐにでも泣き喚きたいほどの痛みだが、そんなことをしても何にもならないことくらいは理解している。そして、水場から離れようと立ち上がったところで、水面からさらに魚が突撃している。どれも今腕に噛みついている魚と同じものだ。彼は後ろに跳んで、魚たちを回避する。魚は地面に打ち上げられて、ぴちぴちと跳ねていた。そのまま、水の中に戻り、魚たちが再び彼に突撃してくる。


 魚たちは賢く、彼に到達するための角度をしっかりと定めて、彼に突撃してきていた。相手に見えているはずはないのに、彼に正確に飛んでくる。もしかすると、既に自身を嚙んでいる魚たちが位置を知らせているのかもしれない。彼は湖の近くから草木が茂っている中に戻った。すると魚の突撃は停止する。彼はとにかく、手に噛みついたこの魚をどうにかしなければならないと思った。既に痛みで涙目で、手から出ている血の量が少量でなければ、卒倒してたかもしれない。そんなことを考えていないと、痛みでパニックになりそうだった。


「火よ。ファイアボール」


 彼は火の魔法を唱えて、噛みついていた魚にぶつけた。翼が焦げて、多少うろこが下に落ちたが、魚は全く離す気配がない。彼は包丁を創り出して、魚の目に突き刺した。自身の手を斬らないように、さらに魚に包丁を突き刺した。魚の捌き方なんて知らないが、適当に魚を切り刻む。魚は最後まで手を離さなかったが、体を刻むごとに噛む力が弱まり、牙が徐々に抜けていた。胴体のほとんどを切り刻んだところで、ようやく相手が地面に落ちた。それ以上は少しも動かなくなり、死んだことを確認する。そして、腕に噛みついている方も未だに腕に噛みついたままで、彼は腕にくっついている魚にも同じ仕打ちで切り刻んだ。そして、彼の体にくっついていた魚二匹は彼から離れた。しかし、ここに敵がいるということは、ここまで来たのは間違っていなかったということになるだろう。このまま、魚と戦うだけで進みたいが、痛みから解放された頭で考えると、この大きな湖にこの小さな魚以外のものがいないと考える方がおかしいだろう。この魚のボスかどうかまでは判断がつかないが、これよりも大きいか、強い生物はこの湖にいる可能性が高い。彼はまずはそれを探して討伐しなければいいけないだろうと考えた。そうすれば、次の進む場所がわかるはずだ。

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