3 冷たい洞窟
3-1 冷たい洞窟 1
梯子を下りながら、全身に通路の冷たさを感じていた。その冷たさに脳みそが刺激されて、記憶の一部を思い出す。彼の中で映像が流れ始める。それは彼の意思とは関係なく流れる物だった。
彼の視界の中に雪が降っているのが見えた。それは窓の外の景色だ。ガラスに自分が手をついているのが視界の中にも、手の感覚からも感じることができた。おそらく、それは幼い頃に記憶だ。今の自分の手と比べても小さな手だ。記憶の中では、窓の外を確認したあとに、家から出て雪で遊んでいた。両親がそれを知っているのかは、幼く注意力のない彼はわからない。雪で遊んでいる内に、何かに足を取られて、体が落ちていく感覚があった。視界もぐるぐると回っていて、自分の体にも痛みを感じる。視界の中で、子供の自分は気が付いていないが、今その記憶を見れば、明らかに崖から落ちたということがわかる。崖とは言っても、真っ逆さまに落ちたわけではなく、そこから繋がる急な坂を転げ落ちたのだ。途中の木の根や草木に体をぶつけて、幼い体はその痛みで声を上げることもできない。視界が滲んでいるのは涙のせいだろう。自分の吐く白い息が視界の中で揺れている。そこ死ぬわけはないと、今の自分ならわかるのだが、幼い彼はそこで自分の死に怯えていた。歪んだ視界の中に何かが映る。それは動物だ。犬のような顔をしていて、自分の顔を覗き込んでいる。ここで噛まれて死んでしまうんだと思いながら、幼心に自分の死を覚悟する。犬が顔を近づけてくる。しかし、犬は自分をかむことはなかった。衣服の一部を加えて、自分が転げ落ちてきた崖を簡単に登る。そのまま、彼は家のドアの前に置いて、ドアに二度ほどタックルしていた。ドアが開くころには、既にその犬はいなくなっていた。そのまま、幼い彼は両親に驚かれて、泣かれて、治癒師の元まで連れていかれた。そこで記憶の再生が終わる。
「治癒師、か」
彼の知識の一部が蘇る。治癒師は人の自己再生能力を高める職業だ。他人の魔気に自分の魔気を混ぜて、魔気を活性化させて病気や怪我を治す。この世界には一瞬で、体を癒す魔法はない。そんな力があるとすれば、超能力だろう。
記憶の再生と知識が蘇ったのを、自覚して、それを自分の物として、彼は再び梯子を下りた。
最後まで梯子を下りると、そこは洞窟だった。しかし、すぐに抜けることができそうな場所はなく、進めそうな場所が沢山ある。彼はその中の一つに足を踏み入れようとすると、地面が大きく揺れる。そして、大きな音が洞窟の中に響き渡る。そして、彼が進もうとした道以外の穴は全て天井から崩れた岩によって蓋がされてしまった。彼が選んだ道以外は進めないというわけだ。
「脅かすなよな」
こんな場所で揺れるなんて、恐怖以外に感じるものはない。もし、天井が崩れてしまえば、自分も死ぬことは確定しているのだ。即死せずとも、ずっとこの場所で過ごすなんてことになれば、苦しい死に方をするに決まっている。
彼は恐怖で動悸がする中、自分が選んだ道を進む。入り口にあれだけ、進むことができそうな道があったのにも関わらず、道自体は横道にそれることもない。道自体がまがっていることはあるが、分岐することがない。彼は道に沿って進むことしかできないのだが、それゆえ、その道があっているのかと不安になってきた。どこかで引き返せば、先ほどの閉じた道も開いているかもしれないと考えたり、今で防がれていても魔法でどうにかこじ開けられるかもしれないと考えたりしていた。反対に、そこまで進んできたのに戻ることは、考えたくないとも考えている。結局は、進むしかないと自分に言い聞かせていた。
しばらく進んでも、景色はあまり変わらない。精々壁の色が濃くなったり、薄くなったりする程度で、色味は同じだ。その道を歩いていると、彼に耳が何かの音を拾った。何かが歩いているのか、何かが擦れるような音が聞こえてきていた。彼の行く先の曲がり角から聞こえてくるような気がしてくる。彼はその時にようやく、自分の手に武器がないことに気が付いた。あのとき拾ったものは森の中で手放したのだろう。彼にはその自覚すらない。だが、なくても困らない。彼は超能力で、木剣と盾を作り出した。木剣は彼の腕より少し長い程度のリーチを持ったもので、盾は先ほど持っていたバックラーよりも二回りほど大きいものだ。盾を構えると、上半身の半分程度は隠れるほどの大きさだ。彼はいつでも逆走できるように警戒しながら、前に進む。彼の予想通り、曲がり角の先に敵か何かがいるのは確定していた。曲がり角に近づくほど、音は大きくなっていた。
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