2-4 不自由な自然 4
化け物の上にいる人型は人間には見えなかった。それもそのはずで、その人型の耳は明途の耳と同じ場所にはないのだ。それに形も大きさも違う。彼の目の前にいる者の耳は円形に近く、根元が内側に多少丸まっていた。灰色で、彼の記憶にはないが、それはネズミの耳だった。灰色の耳の髪を持ち、前髪が顔に右目の下あたりまでかかるような長さだった。三つ編みの髪を左右から持ってきて、後頭部の辺りで赤いリボンで留められている。大きな目で、そこに収まるのは綺麗な赤色の瞳。明途と比べても背丈が小さい。しかし、その小ささからは考えられないほどの力がたった今、発揮されていた。赤色と灰色のパーカーを着ていて、服を斜めに分けるようにして二色が並んでいる。その中央を赤い糸で繋げているような模様が入っている。脚部の露出が多く、見た目には何も履いていないように見えるが、極端に裾の短いジーンズのパンツを履いている。靴はローファーのようなもので、右手首にはフリルのシュシュをつけていた。
彼もその少女の姿を意識の中に入ってくる。可愛らしい見た目とは裏腹に、そのパワーはかなりのものだ。明途にとっては、彼女は味方かどうかだけが、確かめたいことだった。化け物を相手にするよりも、おそらく、目の前の少女の方が強い。明らかに知性のある相手であり、今の自分というか、もっと戦闘経験を積むとは、記憶を取り戻すとかしなければ、自分が彼女を相手にして勝利するという姿は全く思い描くことができない。
少女は明途から視線を外し、自分が押さえつけている化け物を見た。彼女は赤い瞳が一瞬だけ輝き、足が振り上げられて、化け物に持ち上げた足を振り下ろす。踵落としのような攻撃で、化け物は叫び声をあげる。彼はその声に耳を塞いでいたが、少女はその声を少しも気にしていない様子で、再び足を振り下ろす。化け物の体の一部がへこみ、口から血を吐き出す。その血がかかった植物が真っ赤に染まる。血を吐き出したせいで、口からさらに声を出すことができず、音が収まる。彼女はその様子を見ても、攻撃をやめることはなかった。その瞳は、化け物を嫌悪しているような視線があるが、それは彼の感じているものとは違うものなのかもしれない。
彼女は少しだけジャンプして、相手の顔面に蹴りを入れた。彼にはあまり力の入れた蹴りのようには見えなかったのだが、化け物の頭は胴体から引きちぎられて、樹の幹にあたり、地面に落ちた。首を落とせば、さすがの化け物の少しも動かなくなった。彼女はその死骸を見て、少しだけ息を吐くと、再び視線を明途に向けた。彼女はニッと歯を見せて彼に笑いかけた。その歯は、ギザギザとしていて、始めてみた彼は少し怖いと感じたが、すぐにその恐怖心も彼女の見た目を見れば感じる必要はないと感じていた。
「あなたはこんな場所に来ちゃダメですよ~。さっさと、どこかに繋いでくださぁい」
彼女はそういうと、明途の前に白い楕円が出現した。彼女はそれを避けながら、彼に近づいてくる。彼に近づくと、その背中側に回って、軽い力で背中を押された。彼はその力に抵抗する時間もなく、足が勝手に動いて、白い楕円の中に足を入れてしまった。そのまま、全身がその中に入った。明途は少女の方を振り返ろうとしたのだが、既にそこは石の壁だった。
大広間に戻ってきたわけではなく、そこは石の壁に囲まれた小さな部屋だった。床にはカーペットは敷いてあるが、埃がかぶっているし、ドアらしきものは見当たらない。天井を見上げれば、網目上のカバーが付けられた、四角い穴があった。彼は未だに先ほどの状況も理解していないのに、今の状況についていくことは全くできない。ただの四角い部屋で何をしろというのか全く分からない。彼は適当に何度か壁や天井を眺めていた。しかし、何度見ても様子が変わることはなかった。
「いや、カーペット?」
彼はカーペットに触れると、カーペットは簡単にずれた。埃が部屋の中に舞い上がり、咳が出る。彼は片方の腕で、口元を抑えながら、カーペットをさらにずらす。その床には、四角い扉が付いていた。取っ手が扉に埋め込まれている形になっていて、彼はそれを引き上げて、扉を開けた。その先は梯子になっていて、彼はそこを降りることにした。
梯子のある空間は人一人分くらいのスペースしかなく、窮屈だが手や足が滑ってもまたすぐに掴まれるので、安心といえば安心だった。
既に彼の意識にはないのだが、今の彼には棒も盾もなかった。あの森の中での戦闘で落としてしまっていた。あの森の中でそれに気が付くとはできずに、ここに飛ばされてしまったようだ。
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