2 不自由な自然
2-1 不自由な自然 1
気色の悪い化け物が明途に飛びかかる。草原と森の境目で、彼は草原を転がりながら回避する。森から出された化け物は太陽の下で、その姿が鮮明に映る。明らかに人間と同じ見た目であるはずなのに、足が短く、四足歩行。顔も正面を見るために無理やり上を向くような角度になっている。口から唾液がたらぁと垂れているのがより、気色悪い。その化け物への嫌悪感を抑えることなどできるわけもなく、人間と似ているというだけで化け物に攻撃することに抵抗感もある。
彼が敵を前にして、何もできないでいると相手の方から動き出す。三度目の飛びかかり。動きは直線的で、回避するのは難しくない。転がることもなく、彼は反射的に体が動いて回避してしまう。嫌悪感から離れようとしてしまうのだ。彼の中には逃げるという選択肢しかなく、彼は草原の方に戻るわけではなく、森の中に入ってしまった。化け物も走り出した彼に反応して、四足歩行で走り出す。ドスドスと地面に手足を付きながら、気色悪い動きで彼についていく。時折、カラカタカラカタ、というような音が聞こえてくる。その音が聞こえる限りは、化け物が近くにいる証拠になってしまい、彼は逃げ続けるしかなかった。
森の中をがさがさと音を立てながら、走り続ける。足にも疲労が溜まってきているのはわかるが、化け物から逃げるためには走らなくてはいけない。彼には疲労が溜まっているが、敵は全くその速度を緩めるつもりはないようで、ずっとついてきている。時々、飛びかかるようにして移動しているのが、わかるような音が後ろからしていた。
「いい加減にしてくれ……」
呟きのせいか、体力が消耗されているせいか、息が上がってきた。逃げるのをあきらめるしかない。戦うしかないだろう。迷宮城の中に戻るというか、部屋の中に行くことができない以上は、逃げ続けるか、戦うしかないのだ。彼はちら、と後ろを見ると、敵が飛びかかってきているところだった。彼は何とか盾で防いで、相手を吹っ飛ばした。空中に飛ばした敵に棒を突き出して攻撃する。空中で回避できない状態の敵の腹を思い切りついた。敵が地面に落ちて、体を起こすと同時に、大量の血を吐きだした。その見た目に、彼は口を押えて吐き気をこらえる。棒で突いた感触が手に残っていた。
「う、く。なんだって、こいつは……」
もはや、文句を言わなければ、敵に立ち向かうこともできない。大量に血を吐いた後でも、敵は血だらけの手と口を拭かずに飛びかかってくる。滴る血が、心の底から気持ち悪いと思わせる。そこまでの嫌悪感があると、逃げるというよりはもう、殺してしまいたくなる。彼は突撃してくる敵に棒を真横から叩きつけた。何の防御もしていない敵はもろに棒を受けて、吹っ飛んだ。幹の太い樹に体を打ち付けて、肉がつぶれるような音がした。彼はその方向を見ることはできずに、その場から走って離れた。気持ち悪さと恐怖によって、目に涙が浮かんでくる。この場所にいることはできない。
「どこか、いや、誰かいないのか」
恐怖を和らげるために、他に人がいればいいのにと考えているのだが、その場所で、人と会うことはできなかった。
彼は森の中の、少し開けた場所まで到着した。日の光が周りの森上に入ってきていて、森の木の下にいるよりは多少恐怖心も和らいでいた。彼は休憩のために、その陽だまりに腰を下ろした。息を吐きだし、深呼吸をする。それで彼の心は落ち着いてきていた。
「なんなんだ、ここは。部屋の中じゃないだろ……」
彼は陽だまりを覗く空を見上げる。そこは作り物の空なんかではなく、明らかに自然の空だ。記憶も不確かで、たった一人で不安がぬぐえない。彼はもうできればそこから動きたくないと考えていた。足にも疲労が強く残っていて、心は恐怖で疲弊していた。心身ともに疲れ切っていた。彼は腰を下ろすだけでなく、背中から地面に倒れた。全身に陽があたり、体が温まっていく。そのせいで、強い眠気に襲われていた。瞼が閉じるのに抵抗しようとしているのだが、抵抗しきれず、彼はその陽だまりで眠ってしまった。
静かな寝息を立てながら、危険であるはずの森の中で眠っていた。そこに一人の少女が近づいていく。
「この人が今回のターゲットさんなんですね~。でも、こんなところで眠ってしまうなんて、全く困ったターゲットさんです」
その少女は穏やかにゆったりと独り言を呟いていた。彼女は眠っている彼を見下ろしてにこやかに笑っている。彼女はそのまま、彼を見下ろして、たまに周りを見て、何もいないことを確認しているようだった。
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