第34話

 公園で話した後、いつものようにつむぎの家にお邪魔した。私はなんだか家に帰りたくなくて、つむぎのそばにいたくて、つむぎの家に泊まることにした。つむぎは快く私を受け入れてくれた。


 ソファで他愛のない会話をしている最中につむぎはうとうとしてきて、私の肩で寝落ちしてしまった。


「可愛いな、つむぎは」


 私は左肩につむぎを感じながら、昔の記憶を辿る。


 一番最初につむぎと出会ったのは、中学二年生の春。北海道ではまだ桜は咲かない、そんなとき。始業式が終わって、隣同士の席でだった。


「私、星波つむぎ! 隣の席だね。よろしく~」

「星空瀬梨香。よろしくね」

「え! あなたも苗字に星があるんだ?」

「あ、え、うん」

「いっしょ! 星空せりかか〜……。素敵な名前だね! 私、星とか、星座とか! そういうものが好きなの――」


 それがつむぎと一番初めに交わした会話だった。天真爛漫で、ぐいぐいくる女の子。私がつむぎに抱いた第一印象はそんな感じだった。


 つむぎの押しの強さもあって、私たちはあっという間に仲良くなった。


 いつからか、つむぎがそばにいることが当たり前になった。


 つむぎはその性格から友だちがたくさんいて、私もつむぎ以外に友だちはいたけれど、放課後も休日もずっとつむぎと二人で過ごしていた。天体観測をしたり、オムライスを食べに行ったり、勉強したり、いろいろした。それくらい仲が良くなっていった。


 つむぎへの特別な気持ちが雪みたいに降り積もっていって、私の心を覆い尽くしたころ。私はつむぎのことが好きになっていた。友だちとしてではなくて、もっともっと特別な意味で。

 こんな日々が中学を卒業しても、高校に入学しても、高校を卒業しても、ずっと続けばいいのになんて、恥ずかしげもなく思っていた。


 そんなつむぎとの日常はあの日、星のない夜空で天体観測をした日を最後に、突然終わった。私がつむぎに気持ちを伝える前に、突然。


 それから、つむぎがそばにいないことが当たり前になってしまった。


 辛かった。つむぎのことを何度も何度も忘れようと思った。でも、必ず冬になると見ていた夢のせいで……夢を見ていなくても、つむぎのことを頭から消すことができなかった。高校生になってもつむぎのことをずっとずっと忘れられなかった。


 いっそ、他の誰かのことを好きになりたいとまで思った。


 でも、私から誰かを好きになることはなかった。

 何回か告白されたりもしたけれど、結局誰かのことを好きになることができなくて全部断った。今のつむぎのときとは逆で、私に気持ちがないときでもその人との関係に特別な名前をつけたくなかったから。

 今思えば、こういうところがまじめなのかもしれないね。


 いつまでもつむぎのことを忘れられなくて、大学生になって、自分のことが嫌で嫌で仕方なくなってきたころ。つむぎは流れ星みたいに、私の目の前にまた、突然現れた。


 でも、つむぎは私のことを何も覚えていなかった。私のことも、私に関することも。そして、自分のことさえも。


 ショックだったし、泣きそうにもなった。辛かった。


 それで私は嘘をついた。


「恋人だったんだ。つむぎの」


 本当にいつ思い返しても酷い嘘だと思う。今はつむぎのおかげで嘘じゃないけれど。


 そして、つむぎにまた出会えたことが私にとって嬉しすぎて私は前向きになれた。


 またつむぎに出会えて嬉しかった。


 つむぎがそばにいることがまた、当たり前になった。


 前と違うことは、つむぎが少し人見知りになったところと、メニューを即決しなくなったところと、グリーンピースを克服していたところだ。でもそれは、大人になったことによる変化だとも思う。


 私たちはそばにいなかった五年間を取り戻すようにたくさん関わった。こう思っているのは私だけだね。つむぎにとっては、私と関わるのは初めてだから。


 それから、つむぎはときどきおかしなことを言うようになった。


「私のこと好き?」とか、「恋人になってください」とか、「キスしてもいい?」とか。つむぎはまるで、私のことが好きみたいなことを言うようになった。距離の詰めかたは前と変わらないところではあるけれど、その方角から距離を詰めてくるなんて思っていなかった。


 そんな勢いに押されるまま、私たちはキスをした。


 つむぎは私のことを好きだって、言ってくれた。


 恋人になってくれた。


 そして今日。私の酷い嘘だって、許すどころか嘘じゃなくしてしまった。


 私は幸せ者だよ。つむぎ。


 また好きな人に出会えて、好きな人に必要とされて、好きな人に好きって言ってもらえて、キスもしてくれて。私は本当に幸せだと思う。


「つむぎ、また私のところに来てくれてありがとう。私のそばにいてくれてありがとう。私の気持ちを受け入れてくれてありがとう。私のこと、好きになってくれてありがとう」

「つむぎ」

「好きだよ」


 私は先に寝てしまったつむぎに、そっとキスをして目を閉じた。


 ――それから数日後。


 あの日と同じ、ふわふわの雪が空からゆっくり降りてくるような、そんな夜。


 つむぎは過去の記憶を取り戻すことになる。




告白 おわり

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