第32話
「っはあ、」
つむぎの唇が私の唇から離れて、勝手に吐息が漏れる。
動悸が体を巡る。
動揺、羞恥、安堵、多幸感、愛おしさ、好き。
気絶してしまいそうなほど、いろんな感情が頭の中で混ざって、巡って、不思議な感じになる。
私は視界を歪めながらつむぎを見る。つむぎは目を逸らして、顔を耳まで赤く染めている。そんなつむぎの大きな瞳がなんだか熱っぽい。
自分からキスしておいてそんな顔になるのは、ずるい。
「やくそく、ね?」
つむぎは私から目を伏せたまま言う。
絡められた小指がほどかれて、手を握られる。
「……うん。ありがとうつむぎ、ドキドキしすぎておかしくなりそうだけど、安心した」
私は熱い息をゆっくり吐く。
「先に謝らせてつむぎ。嘘ついて、ごめんなさい」
「この嘘を言うことで私はつむぎに許してほしいわけではなくて、つむぎに言わなきゃいけない事実を隠していることが自分の中でずっと心残りだから、ただそれを解消したいだけなんだ。エゴ、だね」
「だから、つむぎが私の嘘を受け入れられなくて、傷つく可能性だってある。そして、私のことを嫌いになったって、『星波つむぎと星空瀬梨香の関係』についた名前を変えたって、それはつむぎの自由だから受け入れられる……ううん。受け入れなくちゃいけない」
「瀬梨香……」
そんなこと、本当に死ぬほど嫌だけれど。
でも、最低で最悪で、わがままな嘘をついた私にわがままを言う権利なんてない。
「……そういえば、今日は星が綺麗だね、つむぎ」
私はこの期に及んでまだ誤魔化した。つむぎは無邪気に星空を見上げる。
どこまでも透き通っている夜空に浮かぶ星たちはきらきら明るくて、遠い。
「うん。じーっと見てたらぴかぴかしてるのが分かって、綺麗。北海道の方が星は見える?」
「うーん、私たちは田舎の方に住んでなかったし、あんまり変わらないかも」
「そうなんだ?」
つむぎは不思議そうに首を傾げた。月明かりがつむぎを鈍く照らしている。
「そんな反応になるよね……。実をいうと私ね、つむぎと天体観測してたくせに、星座のこと全然知らないんだよね」
「え、そうだったの?」
「うん。つむぎが星座とか全部一人で調べて、それで私はつむぎに言われるままただ星座を辿ってた。私、ふまじめだからさ」
それに、星座を見ていたのもほんの少しだけだった。
星を頑張って探す、つむぎのことを見ていたから。
天体観測のときはつむぎの横顔をずっと見ていても、つむぎに気づかれなかったから。
つむぎはおどけた私を、不思議そうに見ている。
「ちょっと意外……。でも、瀬梨香はそんなことないよ。まじめで、優しい」
「……そうかな」
私は目線をつむぎの方へ向ける。五年前と違ってつむぎは夜空を見ていなくて、私とぴったり目が合った。
「瀬梨香がこれから言う嘘だって、私全く見当がつかない。瀬梨香も気づいていると思うけど。だからその嘘を隠し通すことだってできたよね?」
「うん。できる」
「それでも私に教えてくれるのは瀬梨香がまじめで、優しい証拠だよ」
つむぎの金色の髪が、冬風で揺れる。
こんな私のことをそう言ってくれるつむぎの方こそ優しいと思う。
「つむぎだってまじめだし、優しいよ」
「……誰かに似たのかも」
「なっ」
つむぎが笑う。
やっぱり、つむぎはずるい。
「……ねえつむぎ」
「なに? 瀬梨香」
「私のこと、好き?」
つむぎは目を丸くしてから、優しく微笑んだ。えくぼがつむぎの頬に黒く影を作る。
「うん。私、瀬梨香のこと好きだよ」
「……ありがとう」
頭の中にあったいろんな感情から緊張とか、動揺が消えて、残った感情が強まっていく。
つむぎの言葉はいつも何にも変えられないくらい特別なもので、私のことを温かい気持ちにさせてくれる。
「私も。つむぎのこと好き」
「えへへ。瀬梨香にそう言ってもらえるのが、瀬梨香と同じ気持ちなのが嬉しい」
私は頷いて、つむぎの肩に手を置く。
「つむぎのことが好きっていう気持ちは、つむぎと離れ離れになってから五年も経ったけど、五年前からずっと変わっていない。……むしろ、大きくなっていくばかりで最近困ってる」
「この気持ちは絶対に嘘じゃないし、この気持ちはつむぎを絶対に裏切らない」
「うん」
「……でも、つむぎは違う」
「えっ?」
「一番最初に再会したとき、私が言ったこと覚えてる? 私がつむぎにつむぎとの関係を聞かれたときのこと」
「うん。忘れてないよ。瀬梨香と私が恋人だったってことだよね」
「そう。そのこと。本当はね、つむぎ」
私はそこで区切って、つむぎの肩を強く掴む。
「私とつむぎは、恋人じゃなかったんだ」
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