第30話
「犯罪とは構成要件に該当する違法かつ有責な行為のことだと、初回の講義で説明をしました。さらに、従って、ある行為が犯罪かどうか検討するために、これまで順を追って構成要件該当性、違法性、そして有責性がなければならないとも説明しました。そこで今回は有責性についてみていこうと思います」
前にいる先生が講義を進めていく。
この講義も十三回目だ。講義は全部で十五回だからもうすぐ終わりそうなところまで来ている。それは、そろそろ後期も終わって大学二年生が終わることを意味していた。
私は隣でシャーペンを遊ばせている瀬梨香の横顔を見る。瀬梨香は相変わらず綺麗で、どきりとした。
大学一年生と大学二年生の前期は全く代わり映えのない日々だったように思う。
人と関わることが苦手で、高校と変わらずお友だちも一人もできることはなくて。ずっと一人でただ学校に行って、ただ単位を取るだけの毎日だった。
けれど、大学二年生の後期。
瀬梨香との出会いで私の生活は一変した。
今受けているのと同じ講義の初回で突然、私の前に現れた瀬梨香によって。
瀬梨香は私の前からの知り合いで、もっというと恋人だった。そんな瀬梨香と出会ってから私はいろんなところが変わった。
初めて、両親以外で私のことを真剣に考えてくれる人ができたこと。
そんな瀬梨香のおかげで、人と関わることがほんの少しずつ苦手じゃなくなってきたこと。
私に、好きという気持ちを教えてくれたこと。
私は気持ちが溢れて、笑顔になることを止められない。
「せりか」
私は瀬梨香の肩をとんとんと人差し指で叩いた。
「ん? どしたの」
瀬梨香は私の方を振り返った。
私は今の気持ちをルーズリーフに書いて、好きな人に手渡す。
〈ありがとう〉
「え!?」
瀬梨香は驚いたように、私を見る。それから、ルーズリーフに何か書き始めた。
〈ありがとうって、何に?〉
〈これまでのこと、ぜんぶに〉
瀬梨香はくすっと笑った。
〈つむぎはいつも突然そういうこと言うよね〉
〈私の方こそだよ〉
〈つむぎには感謝してもしきれない〉
〈ありがとう〉
笑顔の瀬梨香と目が合う。
やっぱり、瀬梨香の笑顔は可愛い。
私は吸い込まれるように、その瞳から目が離せなくなった。
この講義室は大きくて、一つの机に三つの座席があるから、瀬梨香と私の間に一つ空席がある。
その座席一つぶんのすき間がとても邪魔で、いつもそばにいる瀬梨香を遠く感じさせる。
もっと近づいて、瀬梨香をそばに感じたい。
瀬梨香に触れたい。
瀬梨香とキスがしたい。
「……」
記憶を失う前、自分がどう考えていたかは分からないけれど、私はこの五年間でこれまで誰かとキスをしたいなんて、考えたこともなかったのに。
やっぱり瀬梨香と出会ってから、私は変わった。
「つむぎ」
「ん?」
瀬梨香が私の名前を小さい声で呼ぶ。その手元にはルーズリーフがあった。私はそれを受け取って何が書かれているか読む。
〈つむぎ、私がつむぎについた嘘のこと、覚えてる?〉
「!」
よく覚えている。
その話を聞いてから、瀬梨香はその話をすることはなかった。でも、私は瀬梨香がついたたった一つの嘘がどんな内容なのか気になって、常に頭の片隅にあった。
嘘をつかなさそうな瀬梨香がどんな嘘をついたのか、すごく気になる。
〈そのことについて、今日話したい〉
〈勇気、出たんだね〉
〈うん。今日天気いいみたいだから、外で話したい〉
私は瀬梨香が約束を守ってくれることと、やっと知ることができる瀬梨香の秘密に、興味と怖さが半分半分で襲ってきた。
それに、外ということはきっと、星を見ながら、私の知らない星座を辿りながら話すのだと思う。
私は瀬梨香を見て頷く。瀬梨香の瞳は真剣だった。
星座を辿って おわり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます