第13話
「え? つむぎ?」
エントランスを開けると秋の空気が私を押し返す。それと同時に、星空さんが驚いたように振り返った。夜に溶けていた星空さんの黒い髪が揺れる。
「つむぎの家ってここだったの?」
「あ、はい。相澤さんと同じみたいで驚きました」
「そうみたいだね……ってあれ」
「相澤さんのこと知ってるの?」
「あっ……すみません、途中からお話聞いてました……」
「あ、そうなんだ。ごめんね? 相澤さんなかなか帰せなくて」
それから星空さんは携帯を見て、「もうこんな時間だ」と、小さくつぶやいた。
「それは大丈夫なんですが……」
「うん?」
「相澤さんとお友だちなんですか? なんだか見ててそういう風に見えなくて……あっ」
「失礼ですよね、すみません」
「いや、相澤さんだし別に大丈夫。うーん」
星空さんはあごに手を当てて考えるしぐさを見せる。そんな些細な動きもすごく絵になる。
それにさっきのお話を聞いてから、星空さんが今までより大人っぽく見えて、すこしドキドキする。
「私は友だちよりももっと浅い関係かなって思ってる。大学でよく会う知り合い? とかかな」
星空さんは苦笑いして、息を吐いた。
「……そう、なんですね」
私は星空さんの小さな苦笑いに、どきりとした。
ひょっとすると星空さんは人との関係について深く考えたり、どんな関係でもあまり気にしていないのかもしれない。
もしかして相澤さんとの関係も、「相澤さんと星空瀬梨香の関係」と捉えているのかな。
そう考えると、私たちの関係もなんだか特別なものに感じなくなるように思う。少なくても私は、あのルーズリーフに書かれた「星波つむぎと星空瀬梨香の関係」に、特別な意味が込められているように感じた。でも星空さんにとっては、もしかしたら特別ではないのかもしれない。
それなら、好きは?
「恋人だったんだ。つむぎと」
あのときの星空さんの言葉と表情が頭によぎる。
私がその言葉による先入観と、普段のコミュニケーション不足で勘違いをしていただけで、もし、もし万が一、ルーズリーフに書かれた好きの意味が私の感じた意味と違っていたのだとしたら――。
「わあーーーーっ!」
「え、ええっ!? どうしたのつむぎ!?」
私は叫んで、その場にしゃがみ込んだ。私の勘違いだったときのことを考えるだけで恥ずかしすぎる。外はなかなか寒いはずなのに、顔が熱くなっていく。
そっと肩に手が置かれる。私はきっと心配してくれている、星空さんの顔を見上げることができない。
そっか。
星空さんにとって「星波つむぎと星空瀬梨香の関係」が特別な関係なのかどうかも、星空さんの好きという二文字の言葉も。きっと。
文字だけだと分からない想いなんだ。
「ちょ、つむぎ」
私は星空さんの困った顔を見上げる。
今は講義中じゃないから、私の声で星空さんと直接お話できる。私たちの関係のことだって、好きの意味だって、たくさん聞くことができる。
「あの、星空さん!」
「わっ、なに?」
私は深く息をする。
星空さんに聞いてみたい。あのお話の中で気になったことも、文字じゃ伝わらない気持ちも。全部。
星空さんのことを知りたい。
「星空さんは私たちの関係のこと、どう思ってますか?」
「ええっ、急だね……」
星空さんは少し困ったような表情をした。相澤さんとお話していたときよりも明らかに感情が顔に出ている。
少しだけ、安心する。
私は星空さんの手を借りて、立ち上がった。
「そう聞くってことは、つむぎは私がさっき書いた答えじゃない答えが欲しいんだよね?」
「ええっと、はい。星空さんの考えをもっと知りたいです」
「そっかそっか。ありがとう。う~ん、ここで立ち話するのもあれだし、いったんお店決めない? つむぎは何か食べたいものある?」
そう言って星空さんは携帯で検索を始めようとした。
「あ、そのことなんですけど――」
「何か案があるの?」
「はい」
「私の家来ませんか?」
「へ」
今ちょうど私の家の前にいますし、と言おうとしたところで、星空さんが手に持っていた携帯が滑り落ちて、アスファルトの上を転がった。
星空さんの好きな人 おわり
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