第3話
つむぎも地毛が金色だし、五年前を最後につむぎを見ていないものの、服装の系統も五年前のつむぎの私服にそっくりだった。
最近のAIにつむぎの写真を読み込ませて、年齢を二十歳に設定して生成したらこの子みたいになるだろうな、と思うくらいには似ている。
きっと、この人が星波つむぎだと名乗ってしまえば私はあっさり信じてしまうに違いない。
「……」
……最低だ。
つむぎの夢を見たとはいえ、誰かも分からない人をつむぎに――こんなところにいるはずのない初恋の人に重ねてしまうのは失礼すぎる。この人にも、そしてつむぎにも。
その人は軽く会釈をしてから、おなかがつっかえそうなほど椅子を思い切り引いて、頭を前に倒した。
いや、そこまでしなくても。とは思ったけれど、今のぎこちない会釈でコミュニケーションが得意な人ではなさそうということは分かったから、口には出さないでおいた。私も私で大げさに体を横にして、彼女の後ろをそろそろ通る。
そのとき、彼女のシャンプーの香りが鼻をかすめた。
安物ではなくて、しっかりといい値段のする金木犀の香り。
そういえばつむぎも、スターオーシャンとかトワイライトムーンとか、よくわからない香りのシャンプーを迷走して使っていたけれど、最終的には金木犀の香りを気に入って使っていたっけ。
「……」
……だから。
私はかばんを窓の下に置いて、窓の外の紅葉を眺める。隣の彼女を見ないように。
まさか自分がここまでつむぎのことで頭がいっぱいで、つむぎに囚われているとは思っていなかった。何度でも思うが、いくらこの人がつむぎに似ていて、今朝つむぎの夢を見たからって、私は初対面の人につむぎの面影を重ねすぎている。
我ながら救えないと思う。
前でプロジェクターをいじっていた准教授がマイクを手に取ったのを見て、私はかばんからふでばことノートを取り出した。
講義は順調に進んでいき、あっという間に45分が過ぎていった。今のところ分からない箇所はない。
ただ、思ったより暗記することが多そうな科目だなとは思う。テスト対策はなかなか大変かもしれない。
大学生活は人生の夏休みと皮肉気味に表現されることがある。
長期休みは二ヶ月はあるし、空きコマは自由に過ごすことができるから、朝から夜までずっと働く社会人と比較すればそれはあながち間違っていないと思う。でも、しんどいテストやしんどいレポートだってある。人生の夏休みは誇張された表現な気もする。
誇張だと思うのはまじめだからか。
私は隣の子を少しだけ見る。この子もここ、一限の初回の講義にいる時点でまじめなはずだった。
「えーそれではですね、隣の人と議論をしてもらいます。違法性の本質は行為にあるか、結果にあるか……。議論、とは言いましたが、ある意味ではどちらも正しいので、意見交換程度で構いません」
准教授がそう振って、隅に貼ってあった紙を雑に取った。この議論の時間で出席を取るのだろう。
私は、隣の子と議論するのが気が進まなくて、小さく息をついた。
この子を見ると嫌でもつむぎを思い出してしまうから。
でも、この子に罪はない。有罪なのは議論しろと言った准教授と、いつまでもつむぎを引きずっている私と、突然いなくなったつむぎだ。
極力顔に出ないように、私はもう一度小さく息を吐いてから彼女の方を向いた。
「星空瀬梨香です。よろしくお願いします」
私は軽く会釈をする。彼女は私と目を合わせずに、小さな口をゆっくり開いた。
「星波です、よろしくお願いします」
彼女は深く一礼した。礼儀正しい子だと思う。
そしてこの子は星波という苗字らしい。学籍番号は苗字のあいうえお順で割り当てられているから、席が隣同士の時点で「ほ」から始まるだろうなとは思っていた。でもまさか「星」まで同じだとは思っていなかった。
そういえば、つむぎと仲良くなったのも「星波」と「星空」だから出席番号が隣で、二人とも苗字が「星」で始まるから、親近感が湧いたからだったっけ――。
「は……え?」
星波?
「えっ。ど、どうかしました?」
「え、あのっ。し、下の名前も聞いてもいいですか?」
私は慌ててつむぎによく似た彼女に聞く。今度は彼女としっかり目が合った。
「つむぎ。星波つむぎです」
「えっ――」
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