第3話 魔法



 翌朝。


「ヒロト様。朝でございますわ」


「うーん、まだ眠いよー」


 家政婦メイドに起こされる。


 朝早いのは慣れてねーんだよな。


「勇者様はいつも日の出前に目覚めておられましたわ」


 ひい祖父じいさんと比べられたらたまったものではない。


 ありゃ超人なんだから。


「申し訳ございません……でも今日はお目覚めくださいまし。大変ですのよ」


 こうして無理やり起こされ、手を引かれて家の外へ出たのだが……


 なんと、昨日植えた種子たねがもう『木』になっているではないか。


「ずいぶん早く育つんだなあ……」


 膝の高さくらいの丈だが、もう枝別れがしていて黄緑きみどりいろの若葉がはらはらと吹いているのだ。


 そして、枝葉の中にはさくらんぼの赤い実が三つ。


 かすかに魔法っぽい光を放ちながら成っていた。


 ポー……☆


「それよりも、何か聞こえてきませんですこと?」


「何かって?」


「あのさくらんぼの木からですわ」


 フルートがそう言うのでおそるおそる木の方へ近づいていった。


 すると、ルンルンと可愛らしく揺れるさくらんぼの実から、こんな声が聞こえてくる。



≪わーい、育ててくれてありがとー≫


≪ありがとー≫


≪実をつけれて嬉しいなー≫



 俺とフルートは思わず顔を見合わせた。


「「怖ぁ……」」


「怖くないよー!」


 さくらんぼの声に耳を傾けていると、今度はもっとハッキリとした声が聞こえる。


 ふと気づけば、木の下に小さな少年の姿があるではないか。


「わっ、なんだお前は?」


「ふふふッ、ボクはさくらんぼの精だよー」


 少年は手足を思いっきり広げてそう答える。


 さくらんぼの精?


 精霊ってことか。


「まあ、カワイイ精霊さんですわ」


「うーん、よく見るとたしかに姿が半透明だな……」


 オバケじゃねーよな?


「もー! そんなことより、フルーツを食べてみてよー!」


 ああ、そうだった。


 さくらんぼが実をつけていたんだったな。


「もう食べられるのか?」


「だいじょうぶだよー」


 さくらんぼの精がそう言うのだから、まあ大丈夫か。


 俺はおそるおそる一つ取って口へ放ってみる。


「ッ!……」


 ンマーイ!


 まずビビったのはその美味うまさだ。


 甘くて、みずみずしくて、めっちゃうまい。


「ヒロト様! いかがなさって!?」


 あまりの美味うまさに声をうしなっていると、フルートが心配して俺の肩をゆすった。


「ああ、ごめんごめん。あんたも食ってみろよ」


「え、いえ、あたくしは……」


 女は敬遠していたが、もったいない。


「遠慮すんなよ。あとふたつあるから一個ずつ食べようぜ」


 俺は残ったふたつのさくらんぼをもぎって、ひとつを渡した。


 フルートは少し躊躇したが、やがて薄桃いろの唇がぷちゅっとさくらんぼを捉えた。


「お……お、美味しいですわー♡」


 瞳がハートになっている。


「だろ?」


 そう言いながら俺はもうひとつのさくらんぼを頬張る。


 うーん、美味い。


「うふふ、美味しいでしょー。魔法の実は魔力がたっぷりなんだよー!」


 と、さくらんぼボーイ。


 魔力か……


 そういや昨日見えてたステータスはどうなってんだろ?


――――――――――――――――

魔法農園主:小野田ヒロト

農地:1コマ

進化:魔法さくらんぼ園(土属性・最大レベル1)

魔法:『ストーンバレット』『肥料生成』

魔力:4/6

――――――――――――――――


 おお、やっぱ変わってる。


 最大レベルってのが0から1になっているし、魔法や魔力の欄に記述がある。


 もしかしたら使えるようになっているってことか?


 俺はためしに右手を宙へかざし、叫んだ。


「はあああああ……ストーンバレット!!」


 しかし、なにもおこらなかった……


「ヒロトさま?」


 横ではフルートが青い目をぱちくりさせていた。


「い、いや、違うんだ。これは……」


 みるみる顔が赤くなってくる。


「おじさん。魔法を使いたいのー?」


 見かねてか精霊が解説を始める。


「そんなに力んじゃダメだよー。魔法っていうのはイメージが大事なんだー」


「イメージ?」


「そう。頭の中のイメージを魔力によって実現するのが魔法だからねー」


 そうは言ってもストーンバレットっていうのがどういう魔法なのかわからないんだけど。


「ストーンバレットは石つぶてを飛ばす魔法だよー」


 石つぶてかぁ。


 俺は石をイメージし、それが手から飛び出して行く様を思い描いた。


「……とおッ!」


 ひゅーん……


 あ、小石がひとつ飛んでった。


「やったー! 成功だよー!」


「すごいですわ!」


 ばんざいする精霊とフルート。


 魔力の欄を見るとちゃんと1消費していた。


 さすがにちょっと嬉しいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る