第2話 タネを植える

 さて、こうして俺は魔法の実というのを育てることになったわけだ。


「勇者様はおっしゃいましたわ。このタネから最初の『魔法さくらんぼ』を育てるには1つぼの農地が必要となる……と」


 フルートが言う。


「1つぼ……つまり畳2枚ぶんくらいか」


 外の土地は確かに荒れてたけど……


 そんくらい小さな土地ならなんとかなるんじゃねーかな?


 何か使える道具はないかと聞くと、フルートは土間の方から木製のくわ、シャベル、木槌きづちを持って来てくれた。


「ちょっと心もとないが……とりあえずこれでやってみるか」


 こうして外へ出たのだが、そこで俺は改めてため息をついた。


 やっぱりボロボロな土地なんだよなあ。


 ちょっと気が遠くなる。


「ヒロト様。わたくしもお手伝い致しますわ」


 そこに割烹着かっぽうぎを脱いだフルートが着物にたすきをかけながら出て来た。


 そりゃ助かる、と一瞬思ったが……


「な、何をなさいますの?」


 俺はふと彼女の手を取り、その手が真珠に劣らぬ白さ、若々さを誇っているのを認めると、あまりにもったいなく思われて首を横に振った。


 農作業っつーのは手をふしくれだたせるからな。


「いいよ。俺ひとりでやる」


「でも……先ほどは『手伝ってくれ』とおっしゃっておりましたわ」


「そりゃそうなんだけどさ」


 俺は頬をポリポリとかいて続ける。


「役割分担さ。女のあんたはメシを作っててくれ。きっと腹が減るだろうから」


「なるほど……はい! お任せあれ♪」


 フルートは納得してくれて、元気よく家へ戻っていった。


 やれやれ、没落貴族にしては働き者だなあ。


 さてと。


 必要な農地は1坪。


 さしあたっての問題は、そこらじゅうに転がっている石や岩、折れた枝などである。


 俺はまずそれらを拾い集め、草を引き抜いていった。


「……」


 地味な作業だ。


 特に厄介なのは岩で、ひとりの力では持ち上げられないようなモノがゴロゴロしているのだ。


 そういう岩を避け、比較的小さな石ばかりのところを綺麗にして、畳2枚くらいの空間を確保すると、今度はカチコチの地面をシャベルで掘り返していく。


 ザク、ザク、ザク……


 うーん、固いなあ。


 シャベルも木製だし。


 水でも撒いてみるか。


 家に戻ってフルートに聞くと大きな壺に水が溜めてあったので、そいつをお椀に汲んでいてはまた土を掘り、攪拌かくはんを繰り返す。


 するとどうだろう。


 次第にフカフカな農地っぽくなってきた気がする。


 まあ畳2枚ぶんくらいの小さな範囲だけどさ。


 わりかしイイ感じじゃね?


 そう汗をぬぐった時である。


「大変ですわ! ヒロト様!」


 急にフルートが家から飛び出て来た。


「どうした?」


「こちら御覧あそばせ!」


 彼女の手には例のタネがあった。


 ただし、先ほどはマジカルな紫いろだった光が、今やまばゆいばかりの黄金こがねへと変じていたのである。


 パアアアア☆……


「もしかしたらここに植えていいってことかな?」


「ええ、間違いありませんわ」


 俺たちは顔を見合わせると、今作ったばかりの小さな農地へタネを植えてみた。


 キラキラキラ……☆☆☆


 黄金こがねいろの光はそれでも土を透かして輝いている。


 固唾かたずをのんで見守るが、しばらくすると何事もなかったかのようにスっと光は消えてしまうのだった。


「あれ? 大丈夫か、これ」


 そう不安に思ったが、代わりに以下のような光の文字があらわれているのに気づく。


――――――――――――――――

農園主の名前を入力してください▽


――――――――――――――――


 個人情報の管理とか大丈夫なとこかな?……なんて反射的に考えてしまうのはスマホ脳か。


 たぶん魔力的なシステムなんだからオフラインに決まってる。


 ええと、小野田ヒロト……


 と、自分の名前を思い浮かべたらその通りに文字が浮かんでいき、次にステータスのようなものが出てきた。


――――――――――――――――

魔法農園主:小野田ヒロト

農地:1コマ

進化:魔法さくらんぼ園(土属性・最大レベル0)

魔法:――

魔力:――

――――――――――――――――


 まあ、案の定よくわかんない。


 だけど1コマっていう広さは、さっき耕した畳2枚分くらいってことだろうな。


 魔法が使えるのかなあと思ったけど、まだ育ったものを食べていないからダメってことか。


「ヒロト様。いかがなさいましたか?」


「い、いや……」


 どうやらこのステータスはフルートには見えないようだ。


「なんでもないよ。とりあえずこれでタネの成長を待ってみよう」


「ええ! そうですわね」


 こうして異世界の陽が沈んだ。



 ◇



「どうぞめしあがれ!」


 夕飯の時。


 割烹着かっぽうぎの没落令嬢が、しゃもじを持ってそうおっしゃった。


 俺の目の前には膳があり、ご飯、味噌汁、干物、たくわんと並んでいる。


「こ、これは……ひい祖父じいさんの好みか?」


「もちろんですわ。もしかしてお口に合いませんでしたか?」


「いや……」


 俺はちょっと涙が出そうになるのをこらえる。


「すごくウマいよ。……ただ、感心したのさ」


「??」


 フルートはきょとんと首をかしげて金髪縦ロールを揺らしていた。


「それより食材はどうしているんだ?」


「半月に一度、商人さんがいらっしゃるのですわ。必要なものを告げると次回持っていらっしゃるの」


 つまり買ってるってことだ。


「カネは? これまでどうして生計を立てていたんだ?」


「お金のことはわたくし存じませんの」


 マジかあ。


 没落したとはいえさすがはお嬢様ってところか。


 俺はメシを食った後で、家の箪笥たんすをあさり始める。


 すると、ひい祖父じいさんが付けていたらしき帳簿が出てきて、それで家計がだいたいわかった。


 まず、このあたりの貨幣の単位はボンド。


 硬貨や紙幣らしきものは箪笥たんすに200ボンドほどしかなかったが、商人ギルドに対して4千500ボンドの債権があるらしい。


 おそらく冒険者時代に稼いだ預金のようなものだろう。


 それを食いつぶして暮らしていたらしいが、その生活費がだいたいひと月1千500ボンドかかる。


 これまでの調子だと、あと三か月もすればスッカラカンだ。


「つまり三か月で農園を軌道に乗せなきゃいけないってことか……」


 やれやれ、異世界に来てまでカネのことを考えなきゃいけないとはな。


「ヒロト様、お布団の準備ができましたわ」


 そこでフルートに声をかけられて気づくと、畳のスペースに綿の布団が敷かれていた。


 シーツは真っ白で清潔そうだが……


「なあ」


「はい?」


「どうして枕が二つあるんだ?」


「どうしてって……ここにはヒロト様とあたくしで二人ございます。枕も二つ必要ですわ」


 そう言ってきょとんとするフルート。


 もしかして、ひい祖父じいさんとも一緒に寝ていたんだろうか?


「もうおやすみ致しましょう?」


「あ、ああ。そうだな」


 フルートが行燈あんどんの蝋を消すので、俺もちょっぴり緊張しながら布団へ入る。


「それではおやすみなさいませ」


 可憐な声がすぐ耳元でそう告げる。


 ……なんだかいろいろ考えてしまう。


 ひい祖父じいさんは爺さんだったのだからまだよいんだろうが、俺はまだまだ健康的なおっさんなんだぜ?


 どうしても意識してしまい、様子を見ようと寝返りを打った時だ。


「すー、すー……Zzzz」


 なんと、ほとんどこのニ、三秒の間に、もはや女の若い寝息が聞こえてきたのである。


「ククククッ……」


 なんか笑えてきた。


 まあ、いい。


 これからはずっとこんな生活なのだから慣れる他ない。


 とにかく眠って、明日も土さ耕すべえ。


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