シンカする魔法の実 ~魔法農園でタネドーピング~

黒おーじ@育成スキル・書籍コミック発売中

第1話 異世界の農地


「そんな……」


 次元転移のゲートをくぐって異世界に来てみると、俺は愕然がくぜんとしてしまった。


 そこは森の中にぽっかりあいた平地。


 広さは学校の体育館くらいで、石や岩がゴロゴロ転がっている。


「これじゃ農地ってよりも荒地あれちじゃねーか」


 遠く空にははばたくドラゴンの影が見え、カラスのような鳴き声を上げていた。


 俺が望んだのはスローライフであってサバイバルじゃねーんだけど?


 と、そんなふうに途方に暮れていた時だ。


「ごめんあそばせ」


 ふいに後ろから声をかけられる。


 ちょっとビックリして振り返ると、そこには女が一人立っていた。


「え、俺?」


「はい。我があるじの農地に何の用でございましょう?」


 女の瞳が刺すように見る。


「あ、ええと、俺はあやしい者ではなくて……この土地のあるじは先日死んでしまっただろ? 俺はその小野田昭一のひ孫で小野田ヒロトと言います。この度この土地を相続することになって異世界の国からやってきたんだ」


 俺はそう言って遺言書を見せた。


「勇者様の……?」


 女はお上品なしぐさで口元を押さえる。


「拝見いたしますわ」


 そう言うので遺言書を渡す。


 ……なんかヘンな女だ。


 年齢としは16、7くらいだろうか。


 縦ロールに巻かれた黄金おうごんの髪、エメラルドのようなみどりの瞳は、まるで悪役と運命さだめられているかのごとく令嬢めいている。


 一方、着ているモノは和装で、着物の上にエプロンとして純白の割烹着かっぽうぎをぴっちりと身に着けているのだった。


「失礼致しました。確かにご子孫のようですわね」


「……ああ。ところであんたは?」


「あら、申し遅れましたわ。わたくし、勇者様の家政婦メイドをしておりましたフルート・フォン・ムーンブルクと申しますの」


家政婦メイド?」


 俺は首をかしげる。


「それにしては貴族めいた名前だな」


「ええ、没落貴族ですのよ。トホホホホ」


 手の甲を逆手に当てて妙な高笑いをする家政婦メイド


 やっぱヘンな女だ、と俺は思った。



 ◇



 この農地……というか荒地あれちには『家』が一軒建っていた。


 それは昔の農家の日本家屋っぽい木造の平屋。


 おそらくひい祖父じいさんが建てて暮らしていたんだろう。


「お疲れでございましょう? どうぞこちらへ」


 フルートとかいう女は俺をその平屋へといざなった。


 ガタガタ、ガタン……


 横開きの木戸。


 中へ入るとあがりかまちの上には板張りの床が広がり、囲炉裏いろりがひとつ、そして異世界でどう調達したのかたたみのスペースが8畳ほどあり、かつてのあるじのものらしき座椅子が日差しを受けて寂しげにある。


「お茶でございますわ」


 しばらく家の中を見渡していると、茶を淹れて運んできてくれた。


 白と銀のおしゃれなティーセット。


 中身は緑茶だったけど……


「まあ、でもウマイな」


 そこでふと視線を感じ、フルートが身を乗り出すように俺の顔をまじまじと見つめているのに気づく。


「なに? 俺の顔になんか付いてる?」


「い、いいえ」


 女が顔をそむけると、金糸のような巻髪が白い割烹着かっぽうぎに膨らむ乳房の陰影をそよりとなでた。


「ただ……やはり勇者様に似ていらっしゃると思っておりましたの」


「えー」


 俺、そんなに老けて見えるかなあ?


 そう気になって自分の顔をペタペタ触っていると、女は「コホン」と咳払いをし、おもむろに一つの木箱をちゃぶ台の上へ差し出した。


「さっそくですが、こちらご査収くださいまし」


「これは?」


「勇者様の一番の遺産……魔法の実と呼ばれる伝説のフルーツの“タネ”ですわ。この実を育て、しょくせば、魔力を持たぬ者でも魔術を会得することができますの」


 フルートが言うには、ひい祖父じいさんはかなり長い間このタネを探し求めていたらしい。


 ――それは第二次世界大戦の後。


 諜報員スパイ系の陸軍将校だったひい祖父じいさん……小野田昭一は、戦後の社会になじめず異世界へと旅立った。


 なんでも究極魔法を会得えとくしようと考えたらしい。


 異世界は過酷な世界だが、ひい祖父じいさんは帝国陸軍仕込みの戦闘能力で冒険者として活躍し、名だたる魔王やモンスターを撃破していった。


 この大陸では『勇者』と言えばうちのひい祖父じいさんのことなんだってさ。


 しかし、それでも肝心の魔法を身に付けることはできない。


 あたり前である。


 日本人にはそもそも魔力がないからだ。


 だから魔力そのものを摂取できる【魔法の実】を探し求めたのである。


「そしてついにそのタネを手に入れ、王よりたまわったこの森の土地で栽培を始めようという時だったのですが」


「……その前に寿命が尽きちまったってわけか」


 さぞ無念だったろうな。


 少しこの木箱が重厚なものに見えてきた。


「開けてもいいか?」


「もちろんですわ」


 そう言うので開けてみると、確かに一つの種子タネらしき丸い塊があった。


 色はベージュで、大きさは小指の爪くらい。


 ただし、わずかに紫いろの光を放っている。


「ヒロト様」


「ん?」


 フルートは祈るように胸の前で手を組み言った。


「……どうか勇者様に代わってこのタネを育ててやってくださいまし」


「うーん」


 たしかに魔術を使えるようになるフルーツってのはスゴいし、正直興味はある。


 だけど、果たして俺に育てることができるのか、また、育てることができたとして俺が異世界に求めるスローライフに役立つものなのか……


 まったく未知数だった。


「けどまあ、どーせ帰っても社会人に戻る気はしねーしな。やるだけやってみるか」


「ヒロト様!」


「あんたも手伝ってくれるか?」


 そう尋ねると、フルートは始めてニコリと笑顔になって答えた。


「もちろんですわ!」


 ヘンな女だけど……


 こうして見るとけっこう美人かもしれない。

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