第39話 闇
この一週間ずっと誰もいなかった席に、ようやく結城くんの姿が。
その背中を見て、私の中にずっとあった、一人だけ処罰を免れたという罪悪感がちょっとだけ軽くなり、それから安心した。
もしかしたら停学を受けたことで、すごく落ち込んでしまったのではないのか、またあの時みたいに背中が小さく見えるくらい元気がなくなっているんじゃないのかという心配があったのだけれども、それはどうやら私の取り越し苦労だったみたい。
安心するけど、同時に謝りに行かないと、と考える。
……けど……。
私は先輩に学校で結城くんと話すなと約束させられた。
破ると、あの時に撮られた写真を拡散すると、みんなにばら撒くと脅された。
どうしよう?
でも、絶対に謝らないと。
そうだ、先輩に見つからない場所。学校の知り合いに見られていない場所でなら結城くんと話ができるかもしれない。
だったらあのショッピングセンターで。
でも日曜日まではまだ日があるし、それに確か今度の日曜は部活だったはず。
なるべく早く謝りたい。
誰も来ない場所を考えていたら、あの屋上が頭の中に浮かんでくる。
もう入れないけど、それでもあそこだったら。
でも一度先輩に見られている、だからこそ結城くんは停学になったんだ。
けれど、また先輩が見ているとは限らない。
そんなことを考えているうちに放課後になってしまった。
結城くんが教室から出ていく姿が目に入る。
「湊ちゃん部活行こー」
恵美ちゃんが部活に誘いに来るけど、
「ゴメンね、先に行ってて。ちょっと用事があるから」
そう言い残して、私も教室から飛び出す。
なんとなくだけど、結城くんがあの屋上に行くような気がした。何の根拠もないけど、追いかけないとと思ったら、勝手に体に動いていた。
あそこなら誰にも見られずに結城くんと話ができるはず。
私の予感は当たった。
結城くんは渡り廊下を越えて別館へと。でも、まだ屋上に向かっていると確定したわけじゃない、別の目的があるのかもしれない。
私も別館へと、そして歩きなれた階段を上る。その際、後ろから誰か来ていないか注意しながら。
屋上の前へと。
そこには結城くんの姿が。
当たった。
うれしい……でも今はそんな感慨に浸っている場合じゃない、ちゃんと結城くんに謝らないと。
私が声を出す前に、結城くんが私に気付く。
「うん、藤堂さん?」
いつもの優しい響く声。すーっと私の中に入ってくる。
言わなくちゃ、謝らないと。それから聞きたいこともあるし。
だけど、声が出てこない。
大丈夫、絶対にできるはず。今朝出がけにクマのマスコットから勇気を貰ってきたんだから。
大きく深呼吸をする。少しだけ落ち着く。これなら声も出るはず。
「学校では近付かないでくれるかな」
また私が声を出す前に、結城くんの声が先に。
言葉は耳に入ってきたけど理解できない。
混乱した脳内でようやく理解。
あれ、もしかしたら聞き間違えたんじゃ。
「えっ?」
声が出る。
「近付かないでほしい」
聞き間違いなんかじゃなかった。結城くんの声はいつものように優しい音だったのに内容は拒絶。
私に二度とそばに近付くなという非情な宣告。
結城くんは私の横を通る。コッチを見ないままで階段を下りていく。屋上のドアの前に私は一人取り残される。
階段を下りる音が静かに響く。その音は段々小さくなっていく。
拒絶された言葉が頭の中で何度もリフレインされる。目の前が真っ暗になっていく。下には固い床があるはずなのに落ちていくような感覚になる。
こんな感覚に陥っているのに、頭の片隅で冷静な私が。
考えてみれば当然のことなのかもしれない。結城くんがあんな言葉を私に投げつけたのは。
結城くんは一人だけ停学という処分を受けた。それなのに私は受けていない。同じように屋上への侵入を繰り返していたのに。
どうして自分だけが罰を受けて、こいつは無罪。罰を受けないんだと憤ってもおかしくない。反対の立場なら私はそう思ったかもしれない、不公平だと感じたかもしれない。
そんな人間がのこのこと近付いても良い気分にはならないだろう。
言葉自体は怖くはない。それは結城くんの優しさなのかもしれない。他の人なら、身近な人間で、例えば先輩ならこんな状況ではもっと怖い顔と声で私を追いつめていたかもしれない。
けど、そのほうがもしかしたら良かったのかも。
面と向かって罵倒されたほうが返って、こんな気持ちにならずに済んだかもしれない。
優しい声で告げた短い言葉は私の幻想を打ち砕いた。
もしかしたら私が処分を受けなかったのは結城くんが庇ってくれたおかげかもしれない。そんな風に思っていた。結城くんの停学の処分を聞いた時から次は私が呼び出されるんじゃないのかと脅えていた。それなのにとうとう私のところに呼び出しはこなかった。だから、結城くんは私のことを話さないでいてくれた、内緒にしてくれていたと、感謝していた。
優しい人だと。あの時も困っていた私を助けてくれたから。
だけど、それは完全な私の妄想。思い込みにしかすぎない。
結城くん本人にしたら腸が煮えくり返るような怒りを中に抱いているのかもしれない。
絶対そうに違いない。
それなのに私はのこのこと結城くんの傍へと近付いていった。そのことが結城くんの神経を逆なでしてしまったんだ。
きっと、そうだ。
そうに違いない。
最低だ、私は。人の気持ちを全然考えないで自分の都合だけものごとを考えてしまって。
もう子供じゃないんだから、大人なのに。
そう、もう私は大人になってしまった。お母さんから子供じゃないと言われた、先輩と子供がしてはいけない行為をした、それも一回だけじゃなく何度も。
それなのに他人のことを考慮しないなんて。
ということは、私はまだ子供なのだろうか。
子供ということは、あの時のお母さんの言葉は聞かなくてもいいはず。「大人は紙芝居なんか観ないわよ」。まだ子供なら観てもいいはず。
駄目だ。
できない。したくても無理だ。
さっき結城くんから言われたんだ。「近付かないでほしい」と。
拒絶されたんだ。そんな人間が結城くんのする紙芝居なんか観にはいけない。
また私の都合でものごとを考えてしまっている。
もう二度と結城くんのする紙芝居を観られないんだ。
自らもちゃんと名乗り出ていれば、同じように処分を受けていれば、こんな目には合わなかったのかもしれない。それなのに一人逃げてしまった、保身に走ってしまった。
いや、そもそも私が屋上になんか行かなかったら、こんなことにならなかったはず。
全部私のせいだ。
それなのに私は罰を受けずにいた。そのツケが回ってきたんだ。
あんなに楽しかったのに、あんなに面白かったのに、もう二度と観ることは叶わない。
誰のせいでもない、全部自分がまいた種だ。
夏休みの約束を破ってしまったから、絶対に観に行くと約束したのに行かなかったから。
それでも夏休み明けには結城くんは怒ることはなかった、優しく迎え入れてくれた。それに甘えていた。
今回もだから大丈夫と思ってしまったのかもしれない。結城くんにすれば慈悲は前回まで。仏の顔は三度まで、だったのかもしれない。
観たい。また観たい。何回でも観たい。一度観たお話でもいい、新しいお話でもいい。結城くんのする紙芝居を楽しみたい。
だけど、それはもう二度と、絶対にできない、叶わないこと。
そうなってしまったのは、総て私のせい。愚かな行動のせい。
すごく悲しい気分のはずなのに、普通なら泣いてしまうような気持ちのはずなのに。全然涙が出てこない。
もう、どうでもいいような気分に。
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