第35話 停学期間 2


   みなと


 その後どうやって家まで帰ったのか、あまり憶えていなかった。

 記憶しているのは駅のトイレに飛び込んで吐いたこと。ずっと気持ち悪さが私の中にあったこと。

 なんとか家にたどり着くと、いつもは私よりも帰宅の遅いお父さんがもう帰っていた。

「こんなに遅くどうしたんだ?」

 心配そうに声をかけてくれる。

「……気分が悪くなったから。……ちょっと駅で休んでいたの……」

 噓は言っていない。気持ち悪くなって吐いたのは事実だ。

 だけど本当はセックスをしていた。先輩の家で無理やり犯されていた。

 そんなことはとてもじゃないけど言えない。

 事実をありのまま話したらお父さんを、お母さんを悲しませてしまうはずだから。

「それなら連絡くれればよかったのに。駅まで迎えに行ったのに」

 晩御飯の用意をしてくれているお母さんが今度は言う。

「……ありがとう……。でも、大丈夫だから」

 そんな迷惑はかけられない。

「大丈夫そうに見えないけど。顔、真っ青よ」

 自分では分からない。けど、多分そうなんだろう。

「……平気だから。寝れば大丈夫だから」

「じゃあ、ご飯はどうする?」

「……いらない」

 せっかく作ってくれたご飯なのに。今はとても胃が受け付けない。食べたら絶対にまた吐いてしまう。そうなれば余計な心配をかけてしまう。

 なんとか自分の部屋へと、そしてそのままベッドの上に倒れこむ。

 このままじゃ駄目だ。着替えないと制服が皺だらけになっちゃう。でも、乱暴に扱われたからもう皺はたくさんできているかも。……そうだ、シャワーを浴びないと、お風呂に入らないと。あの後何もしないで先輩の家を出た。体中にまだ先輩の手と舌とアレの感覚が残っている。急いで洗い流さないといけない、きれいな体にならないと。そうは思っているに体が動かない。痛みが出てくる。

 何もする気力がなく、そのまま眠ってしまう。

 全部夢だったら良かったのに、起きたらなかったことになっていればいいのに。

 そんなことを考えながら……。


 目が覚めてもまだ痛かった、気持ち悪かった。

 昨日のことは、その前のことも含めて全部夢であってほしいと願いながら眠りについたのに。だけど、夢にはならない。現実のまま。肌にまだ残る気持ち悪さと不快感が教えてくれる。

 そんなことを教えてくれなくてもいいのに。思い出させてくれなくていいのに。

 とにかく気持ち悪いまま。

 気持ち悪さの原因は精神的な理由だけじゃない、物理的な理由もある。思い返してみれば、私は昨日あのまま眠ってしまったんだ。

 お風呂にも入らず、シャワーも浴びず、先輩の手の感触と汗にまみれたまま、汚れたままで眠りについてしまったんだ。

 早く洗い流したい。この肌にこびりついているような気持ち悪さをシャワーによって流し落とし、きれいになりたい。

 ベッドの中からもぞもぞと起きる。また生じた違和感のせいで歩きにくい。

 それでも這いだし部屋から出る、壁に手をつきながら階段を一段ずつゆっくりと下りる。

 脱衣所で服を脱ぐ。やっぱりスカートが皺だらけになっている。

 シャワーヘッドから勢いよくお湯が噴出す。体に当たる。汗と汚れと臭いが気になる年頃だから、いつもならすごく気持ちよく感じる。でも、今は違う。どんなにお湯を浴びても全然気持ちいい、良い気分にはならない。

 それどころか、今までは寝起きで正常に動いていない頭が活動を始め、落ち込んでしまう。 

 さっぱりしたはずなのに、気分はさっぱりのまま。

 落ち込んだままで浴室、脱衣所から出る。

「あら、シャワーを浴びてたの。でも、大丈夫なの?」

 リビングでお弁当の準備をしてくれているお母さんが言う。

 大丈夫。学校に行かないと。

「顔青いままよ。無理しなくていいんだから。学校休んでもいいのよ」

 さっきまで鏡の前にいたはずなのに全然気が付かなかった。指摘されるようにそんなに真っ青なのだろうか。

 お母さんの言うとおり学校を休みたい。でも、休んだりしたら……。

「……大丈夫だから」

 小さな声で言う。本当は大丈夫じゃない。けど、心配をかけたくないから。


 恵美ちゃんとの待ち合わせの時間ギリギリだった。スポーツバッグの中に持っていく物を放りこむ。髪の毛もいつもみたいに丁寧に纏める時間がない。急いで家を出る。

 急いでいるはずなのに自転車は全然進まない。

 ペダルがすごく重く感じる。足の裏が痛くなる。

 それでもなんとか間に合った。

「すごく顔色悪いよ」

 恵美ちゃんにも心配される。大丈夫と言わなくちゃ。

「昨日ゆっくり休めなかったの?」

 私が言う前に恵美ちゃんが言葉を続ける。

 そんなことできなかった。昨日はあれから……。

 だけど、先輩の家であったことは恵美ちゃんには絶対に言えない。

「無理しないで、今日は休んだら」

 何も言わないで黙ったままの私。体調がすごく悪いという誤解を恵美ちゃんに与えてしまう。気分がすぐれないのは事実だけど。

 だけど、休むわけにはいかない。


 教室の一番前の真ん中の席は今日も誰も座っていない。私のせいだ。

 授業中ずっと、その無人の席が見えている。

 たださえ体調が悪い、具合も悪い、落ち込んでいるのに、それが余計に酷くなっていく。

 授業が全て終わる。辛かったけど、時間が経つのがすごく遅かったけど、それでもなんとか乗り切ることができた。

 けれど、これで休めるわけじゃない。まだ部活もある。それにおそらくだけど、その後にも……。

 恵美ちゃん達と一緒に部室へと向かう途中で先輩と会う。というか、待ち伏せをしていたみたいだった。

「今日もするぞ」

 そう小さく私の耳元で言う。多分、この声は恵美ちゃん達には聞こえていないはず。

 それから先輩は私の肩を抱きしめ、

「今日コイツ休むから。言っといて」

 そう言って踵を返し歩き出す。私も連れて一緒に。

 行きたくない。けど、行かなくちゃ。でもその前に、

「……ゴメンね。……先輩達と先生に言っておいて」


 二日連続で先輩に抱かれた。

 痛みはまだ続いていた。

 先輩の行動はエスカレートしていく。

 三日連続で。

 三日目は学校の中で犯された。


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