第34話 停学期間


   みなと


 私が結城くんの停学の件を知ったのは、彼が処分を受けた翌日のこと。

 いつもの教室で、いつもと同じ風景のはずなのに違和感が。何が違うのかすぐに気が付く。一番前に座っている見慣れた背中が今日は見えない。

 最初は単純に欠席だと思っていた。昨日の放課後屋上にいなかったから、急に体調を崩して帰ってしまったんだと思っていた。でもどうやらただのお休みではない、そのことを知ったのは午後の授業が始まる前のことだった。

 つまりお昼休み。いつものように恵美ちゃんをはじめとする仲の良いクラスメイトと席をくっつけてお弁当を食べる。その時に上がった話題で結城くんの停学のことを知った。

 結城くんと停学。この二つは私の中で上手く結びつかない。

 屋上で、短い時間だけど、一緒にいる。結城くんの全部を分かっているなんていうことはとてもじゃないけど言えないけど、それでも少しは知っているつもりだ。

 停学になるくらいだから、それなりの理由があるはず。たとえば喧嘩、障害、それとも万引きとか。けど、どれも結城くんがするとは思えないものばかり。

 屋上で見る結城くんとは縁遠いものばかり頭の中に浮かんでくる。

 それじゃ、一体どんな理由があって停学になったのだろうか。

 その理由を知ったのは放課後だった。


「わかったよ。結城の停学の理由が」

 どこから情報を仕入れてきたのか知らないけど部活前に恵美ちゃんが。

 ずっと調べていたのだろうか。そういえば授業中に誰かと手紙のやり取りをしていたような気がする。それで情報収集をしていたのだろうか。

 普段は結城くんのことなんかに全然関心なんかなそうなのに。

 理由を聞いてみると、

「えっ、湊ちゃんが知りたそうにしてたから」

 その理由は私のためだった。たしかに気にはなっているけど、どうしても知りたいわけじゃないのに。でも、自分でも気が付かないうちにそう思っていて、それが顔に出てしまっていたのだろうか。

「……それで、停学の理由は?」

 少しだけ好奇心に駆られて聞いてしまう。

「アイツ顔に似合わず結構大胆なことをやったみたい。あのね、なんでも合鍵をコッソリ造って別館の屋上に無断で侵入してたんだって。それも一回だけじゃなく何回も。そういえばよく教室から消えてたけど、それってずっと屋上に行ってたのかな」

 面白そうに恵美ちゃんが言う。

 聞かなければよかった、全然面白くない。知らなければよかった。目の前が急に真っ暗になっていくような気が。

「どうしたの湊ちゃん。顔色急に悪くなったけど」

 恵美ちゃんが心配そうに聞いてくれる。そうなんだ。外から見ても分かるくらいになっているんだ。そんな酷い顔色をしているんだ。

 平気、大丈夫だから、そう言おうと思ったのに声が出ない。

「もしかして急に始まったの。大丈夫? ある?」

 心配そうな声は続く。急に生理が始まったんじゃと心配してくれている。たしかに私はあんまり安定していない、不定期だ。けど、この顔色の理由は恵美ちゃんが心配しているのとは違う。

 もっと別のもの。

 屋上に無断で侵入していたのが停学の理由なら、それなら私も同罪のはず。それなのに、どうして結城くん一人だけが停学という処分を受けたのか。

 私も一緒に処分を受けるはずなのに。

 それなのに、私には何もない。今日もなにも知らずにのん気に学校に。

 もしかしたらこの後、先生から呼び出されて停学処分を言い渡されるのだろうか。

 そう考えると、急に怖くなって体が震えてくる。

 みんなに迷惑をかけてしまう。まだまだ下手くそだけど、左利きで長身ということで、せっかく団体戦のメンバーに選ばれたのに。

こんなことをしてしまって、お父さんに怒られるかもしれない、お母さんを悲しませてしまうかもしれない。

 暗くなっていた視界が、またより一層暗くなっていく。そして、落ちていくような感覚に。

「ほんとに大丈夫?」

 暗く落ちていきそうな感覚にストップをかけてくれたのは恵美ちゃんの声。

 これ以上はあんまり心配をかけたくない。大丈夫、そう言いたいのに声がまだ出ない。かろうじて動く首を小さく上下に動かす。大丈夫という意思をなんとか示す。

 ちょっと待てば元に戻るはず、きっと……多分。

 それに、私が呼び出しを受けていないのは結城くんが庇ってくれたからだ。

 それならば、大丈夫なはず。

 そう、思い込もうとした。でも、思い込めない。だから、お守り代わりのクマのマスコットをギュッと握りしめようと思った。いつもは勇気や元気、力をこの子からもらうけど、今回は思い込みの力を。

 ない。

 そうだ。先輩に言われて、別のものを、今はプレゼントされたのを持ち歩くようになったんだ。

「部活休む?」 

 首を横に振る。本音を言うと、休みたい、行きたくない。

 けど、そんなことをしたら怪しまれてしまうんじゃ。

 結城くんのことを心配しないといけないはずなのに、自分のことを考えてしまう。


 不安なままで練習しても集中できるわけがない。ミスばかりしてしまう。

 無理をしなくてもいいと周りが気遣ってくれるけど、その言葉が反対に辛いし、苦しい。

 私は一番下手で、経験もあまりない、それなのにメンバーに選ばれたのだから、人一倍練習して力をつけないといけない立場なのに。

 それでも結局練習を早退してしまう。

「よう、一緒に帰ろうぜ」

 力なくトボトボと一人駅まで向かう私の背中に声が。

 声の主は男子バスケ部の先輩。私の付き合っている人。私が初めてデートした人。私が初めてキスをした人。

そして……。

「……はい」

 本当は一人でいたい気分だけど、そんなことを言えば先輩は機嫌を悪くしてしまうだろう。それに誰かと別の話をしていれば、もしかしたら気が紛れるかもしれない。

「そういえばさ、お前のクラスのヤツが停学になったんだってな」

 二人で一緒に下校する。その間横にいる先輩はずっと黙ったままだった。いつもは必要以上にしゃべるのに。そんな先輩が駅まであと少しの所で口を開いた。

 返事の代わりに小さく肯く。

「そいつさ、屋上に侵入していたんだよな」

 学年が違う人にまで知れ渡っているんだ。

「一人だったのかな?」

 違う。本当は私も一緒にいた。それなのに処分を受けているのは結城くん一人だけ。

「一人の訳ないよな。絶対に誰か他にいたはずだよな」

 先輩がニヤニヤした目をしながら、私を見て言う。

「例えば、お前とかさ」

「……えっ?」

「俺、見たんだよな。お前が屋上からアイツと出てくるところを」

 見られていたんだ。それなら、もしかしたら……。

「だからさ、俺が学校にチクったんだ」

 もしかしてと頭によぎった疑問に先輩が答えてくれる。でも、それなら何故、結城くん一人だけが。どうして私は停学になっていないのか。

「どうしてアイツだけが停学になったんだと思っているんだろ?」

 まるで心の中を見透かされているみたい。

 答えられない。

「俺の女にチョッカイを出したから。その報いを受けてもらったんだよ」

 そう言いながら、先輩は私の体を強引に引き寄せ、肩を抱く。

 先輩が想像しているようなやましいことなんかしていないのに。屋上では紙芝居の話をしていただけなのに。

「お前もさ。他の男に色目なんか使ってんじゃねーよ。湊は俺の物だってことを分からせてやるからよ。今から俺の家に行くからな」

 行きたくない、先輩の家には。嫌な記憶があるから。

 夏休みの終わりに、先輩の部屋でおそわれた。なりたくないのに、大人になってしまった。

「また、するからな」

 もう、したくない。あの時、二度としないって約束してくれたのに。

 拒絶したいけど声が出ない。かろうじて動く首を横に小さく振る。

「嫌だっていうならさ。お前のことも学校に報告しないといけないよな」

 犯してしまったことに対しての罰を受けないといけない。

 けど、そうなれば多くの人に迷惑をかけてしまう。それから、お父さんとお母さんを怒らせ、悲しませてしまう。

 私が我慢することで、それが回避できるのであれば。

「……分かりました。……お願いします」

 なんとか声を絞り出す。

 心とは違う言葉を。


 先輩の部屋でまた抱かれた。

 もう初めてじゃないから痛みはないと思っていたのに、また痛かった。

 経験したのに気持ち良くもならない。

 その反対にずっと気持ち悪かった。

 それから結城くんと二度と校内で話すなと約束させられてしまう。

 お前のしたことは、浮気だと、罵られた。

 そして最後に、事後の、裸の写真を撮られた。


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