第27話 夏休み

  みなと


 告白された、生まれて初めて。

 もしかしたら物心がつく前にされたことがあったのかもしれないけど、記憶にある限りでは多分これが人生初。

 私は小さい頃からずっと無駄に背が高かった。だから、これまでずっと告白する対象ではなく、からかいの的になってきた。だからこそずっと男の子は苦手だった。

 けど、そんな私でも恋愛というものに少しは憧れがある。マンガやドラマでそんなシーンを観ると少しうらやましいなと思うことも。

 いつの日か自分も、と想像、妄想したこともあった。

 まだ恋というのを知らない、よく分からないけど。

 だけどまさか、それが今日、一学期の最後の日の放課後、部活終わりに訪れるなんて。

 しかも大勢の人が見ている前で。

 告白してきたのはバスケット部の二年生。私よりも少し背が高い。

 顔はあまりよく覚えていない。

 突然のことで、戸惑い、緊張して、頭の中が真っ白になってしまったから。

 それでも真っ白になっていく頭の中で、どうやって断ろうかと必死に考えた。

 好意を持ってもらえるのはうれしいけど、私はこの先輩のことをよく、いや全然知らない。

 そんな人と交際するのは。

 だけど無下に、素っ気なく、断ってしまうのは申し訳のないような気が。

 告白をするのにきっと勇気がいったはず。ちょっと違うけど、私もずっと秘めたことを結城くんに告げるのにすごく勇気がいった。

 きっとこの先輩も同じはず。

 遠回しに、傷付けないように、お断りをしないと。

 あっさりと断りを告げてしまったら、周囲にいる人達の笑いものになってしまうかもしれない。

 そう考えながら、必死に頭を巡らそうとしたけど、白くなりつつある頭の中で、いい言葉が浮かんでこない。

それでも断るための言葉を。

 だけど遠回しな言葉は、この先輩には伝わらないみたいだった。

 先輩はグイグイと押してくる。

 私は断り切れない。

 頭の中がパニックになっていく。

 そして……。

 いつの間にか私は今夜行われる花火大会に先輩と一緒に行くことになっていた。

 ……つまり、生まれて初めてのデートをすることになってしまった。


 普通の子ならば、デートに誘われてウキウキした気分でいるのだろうけど、私は戸惑いと不安を抱えながら帰宅。

 そんなおかしな様子の私にお母さんが声を。

 最初デートに誘われたことは内緒に、秘密にしようと思っていた。それを口に出して報告するのがなんだか恥ずかしいと思ったから。

 だけどずっと私を育ててくれていたお母さんには通じない。

 あの手この手で、根掘り葉掘りと聞かれた、白状してしまう。

「そっか、湊ちゃんもデートをするような歳になったんだー」

 感慨深げにお母さんが言う。

「……うん」

「それでどうして浮かない顔をしているのかな娘さん?」

「だって、その人のことよく知らないし……それに私はまだ恋愛という感情がよく分からないから。……それなのに行ってもいいのかなと思って……」

 先輩は私のことを部活中に体育館の中でよく見ていたらしいけど、私は先輩のことを全然知らない。そんな私がデートに行っていいのだろうか。

反対に失礼になってしまうのでは。

「心配性だね。ホント、お姉ちゃんにそっくり。大丈夫よ、最初はよく知らなくても逢っているうちにだんだんと好きになっていくこともあるんだから。私みたいに」

 お母さんは私の本当のお母さんじゃない。小さい頃にママを亡くし、幼い私の子育てで困っていたお父さんを助けたのが当時まだ大学生だったお母さん。私の面倒を見るためによく家に来てくれて、それでいつしか惹かれ合い、そのまま就職せずに家庭に入ったらしい。

 そんな話を小さい頃から聞いていた。

 でも、本当に逢っているうちに好きになっていくのだろうか?

 とてもじゃないけど、そんな想像ができない。

「……うーん……」

 戸惑いが声になって外へと出てしまう。

「平気よ。もし駄目だ、この人とは合わないと思ったなら、その時は振っちゃえばいいだけだから」

 笑いながらお母さんが言う。

「……いいのかな」

「いいのいいの、人のことよりもまずは自分。我が娘よ、青春を思う存分楽しみなさい」

「……うん」

「それじゃ早速準備をしないとね。楽しみだわー、娘を着飾るのは」

「準備って……いつもの格好じゃダメかな」

「そんなの駄目に決まっているでしょ。初デートなんだから、それなりにおめかししないと」

 そう言い残して、お母さんは私をリビングに一人残していく。

 残された私の中にちょっとだけ疑惑が。もしかしてお母さんに遊ばれているだけかも、と。

 しばらくしてお母さんが戻ってくる。浴衣を持って。

「持ってきてよかったわ。これね、お姉ちゃんが着ていた浴衣なの」

 淡い紺色の大人っぽい浴衣。

 でも、私が着てもいいのかな。

「これはねいつの日か、大人になった湊ちゃんに着て欲しいと思っていたものだから」

「……私まだ大人じゃないけど」

 無駄に背が高いだけでまだまだ子供だ。

「いいの、これを着て今日大人の階段を一歩上(のぼ)るんだから。はい、まずは羽織ってみて」

 そう言いながらお母さんは楽しそうに私に浴衣を渡す。

 袖を通していると丁度いい位のサイズだった。


 着付けが終わったら、今度は髪を結ってもらい、簪を挿してもらう。

「これもお姉ちゃんが使っていたものなのよ」

 お母さんは言う。そして続けて、

「せっかくだからお化粧もしてみようか」

「いいよ、このままでも」

 メイクはあまり好きではない。これまでほとんどしてこなかった。

 その手のことに全然興味が無いというわけではなく、小さい頃はすごく憧れていた。だけど小学校五年生の時に、仲良しだったクラスの子と買い物に行き、当時から背が高かった私は「お母さんですか」と店員さんに言われた経験があり、それが少々トラウマのようなものになってしまって、ただでさえ年上に見られてしまう容姿なのにメイクなんかしたら、より一層上に見られてしまんじゃないだろうかという考えが私の中に生じて、以来周囲がメイクをするようになってもしないで生きてきた。

「せっかくだからしようよ。娘にお化粧に仕方を教えるのも母親の大事な仕事なんだし。まあでも本当のことを言うとね、私にお化粧を教えてくれたのはお姉ちゃんなんだ。……お姉ちゃんから教わったことを湊ちゃんに伝えたいなと思って」

「……お母さん……お願いします」

 義理だけど私のことをちゃんと見てくれているお母さんに教えてもらいたい。

「了解。可愛い娘を、もっと可愛くするわよ」

 お母さんは私の顔に薄くお化粧を施してくれる。

 そしてママとの思い出も一緒に語ってくれた。

 

 先輩は待ち合わせの場所に先に着ていた。

「……あの……遅れてすみません」

「いいよ、約束の時間まではまだあるんだから。それよりさ浴衣着てきてくれたんだ、それ可愛いよ」

 先輩の言葉は私を褒めてくれているのか、それとも浴衣を褒めてくれているのか、分からないけど、それでも褒められて嫌な気分はしなかった。

「それじゃ行こうか」

「……はい」

 先輩の後に付いて歩く。

 花火大会の会場まではちょっと歩くことに。

 浴衣に合わせて履いてきた履物がちょっと痛い。

 そんな私にお構いなしに先輩はどんどんと先へと行ってしまう。置いていかれないように速く歩かないといけないけど、履きなれていない履物では上手く歩けない。

 人ごみの中に先輩の背中が消えてきそうに。

 先輩の身長は私よりも高い。だから人ごみの中で頭一つ出ている。

 なんとか見失わずにすんだ。

 これがもし今日のデートの相手が結城くんだったら完全に見失っていたかもしれない。だけど気遣いのできる結城くんだったら、こんな状況では私の歩調に合わせてゆっくりと並んで歩いてくれていたかもしれない。

 そんなことを考えながら背中を追っていたら、先輩は人の流れに逆らって私の所にまで戻ってきてくれた。

「ゴメン。女の子と歩くの初めてだから」

「こっちこそ、すみません。慣れていないから歩くが遅くて」

「ゆっくり歩くから」

「……はい」

 先輩は私に合わせてゆっくりと歩いてくれる。

 

 夜の帳が下りて、轟音が鳴り響く。

 暗くなって、次の瞬間に夜空にまばゆいばかりに大輪の花火が。

 繰り広げられている花火に私は見とれてしまう。

 だけど、上ばかり見ていたらまた先輩とはぐれそうに。

「……あのさ……手繋いでいいかな。またはぐれてしまいそうだから」

 先輩も同じことを思っていたみたいだった。

 最初はちょっと怖いかもしれないと思っていた顔で照れながら言う。

 そんな先輩を少しだけ可愛いと思ってしまった。

 弟の信くんと迷子にならないように、はぐれてしまわないように、手を繋いで歩く。その相手が先輩になるだけ。

「はい」

 差し出された手を握る。

 信くんのよりも、あの時握手した結城くんの手よりも大きかった。

 その手の大きさが、ああ今デートをしているんだなと実感させる。

 そんなことを考えながら、手を繋ぎながら花火を見た。


 夜空を綺麗に彩っていた花火が終わる。

 楽しい時間は終わる。

 だけど、この楽しさは花火のおかげなのか、先輩と一緒にいたからなのか分からない。

 それに肝心なことなのだが、私はこれから先この先輩のことが好きになっていくのだろうか?

 ……分からない。

 ただ、一緒にいてそんなに嫌な人じゃないことだけは分かった。

 そして帰り際に、次のデートの約束が決まってしまった。


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