第24話 二人の時間 3


   こう


 俺が紙芝居をするようになった経緯を簡単にだけど藤堂さんに説明する。

 それにしても同年代の女子との会話がこんなに楽しいなんて知らなかった。

 いや、これは多分、というか絶対に藤堂さんと話しているからだ。

 他の女子なら、紙芝居の話なんかしてもこんなに興味を持って聞いてはくれないだろう。

 それはともかく今日も暑い。

 一応日陰にはいるものの汗が噴き出てくるような感じだ。

 こんな場所にいつまでも藤堂さんを留め置くわけにはいかない。

 事実今日はお下げの三つ編みにしている藤堂さんの細く白い首筋にも汗が浮かんでいる。

 その姿を艶めかしいと感じてしまうけど。それは別の話。

 藤堂さんはまだ俺に聞きたいことがあるみたいだけど、それを遮る。

 続きは明日と、提案してみる。

 この提案に藤堂さんは同意してくれた。

 素直にうれしい。

 また明日もここで藤堂さんと会える口実ができたから。



   みなと


 結城くんのする紙芝居は独特だ。

 台座の横で彼自身も体を動かしてお芝居して、さらには声まで変わる。

 どうしてそんな方法で上演しているのか気になって質問する。

 返ってきた答えは、

「それはある人のやり方を真似して」

 誰のだろう?

「もしかして従姉のお姉さんの」

 従弟のお姉さんによって紙芝居の上演に引き込まれることになったと説明してくれた。だったら、紙芝居の仕方もその人の影響を受けているのかも。

 と、そこまで思って、さらには口に出してから気が付く。

 結城くんの従姉のお姉さん、ヤスコさんには私も会っている。屋上のことも聞いたし、それになによりヤスコさんのする紙芝居の上演も観ている。

 上手とは思ったけど、結城くんとのは違う。どちらかといえば読み聞かせのような上演だったはず。

「違う。あんな馬鹿の影響なんか死んでも受けるもんか」

 いつもよりもちょっと強い口調で否定されてしまう。

 やっぱり違うんだ。

「それじゃ、誰の?」

 興味がある。どんな人が結城くんに影響を与え、あんな素敵な紙芝居をするようになったか知りたい。

「その人のことは小さい頃から憧れていて、色んなことを教えてもらった、遊んでもらった。ガキの頃に観た紙芝居でその人がするのが一番面白かったから……だから、真似をしたんだ」

 結城くんがこんなにも言う人の紙芝居。私もぜひ観てみたい。

「その人の紙芝居は私も観られるのかな?」

「……観れない」

 そういえば結城くんは自分が紙芝居に参加する経緯を説明してくれた時に、みんな忙しくなっていったと言っていたような。それじゃ、その人はもう紙芝居を辞めてしまったのだろうか。

「もう二度と、絶対に観れないんだ」

 少し間が空いてから出てきた結城くんの声は少しだけ悲しそうに震えていた。

「……どうして?」

 何故かは分からないけど理由は聞いてはいけないような気がした。

けど、聞いてしまった。

「もういないから」

 社会人になって辞めていったと言っていたから仕事でこの地を離れてしまったのかな。けど、それじゃ悲しそうな声の説明はつかない。

「いないって?」

「……死んだんだ。……去年、突然」

 予想もしていない、想像もしていない言葉が返ってきた。

 結城くんが悲しそうな理由が判明した。

 大事な人、大切な人を失う悲しさを私はよく知っている。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったんだ。



   航


 色んなことが突如脳内に蘇ってくる。

 あの人の記憶。

 最初に観た紙芝居。

 それからヤスコに着いていって劇団の稽古に一緒に参加したこと。

 そのまま稽古に出続け、しまいには舞台に上げられてしまったこと。

 本もたくさん借りた。映画も色々と観せてもらった。

 自転車の楽しさを教えてくれたのも、あの人だ。

 今乗っているフラットバーロードは、中学の入学祝で。あの人の伝手で手に入れた中古のフレームに貰い物のパーツをくっつけて一緒に組んだもの。

 よく二人で走りに行った。

 100マイルのロングライドも経験した。

 峠では死にそうなくらい辛い思いをして上り、下りではこっちは本当に死にそうなくらい怖い思いをしながら下っていった。

 あれでブレーキの大切さを身をもって知った。

 ああ、ゲームもさせてもらったな。主に、未成年がしてはいけない大人のゲームを沢山。

 それから考えかた、物事の見方なんかも多大な影響を受けた。

 それと、なんといっても紙芝居の演り方。

 これはあの人のそっくりそのまま、なんて言えないけど、そのレベルに全然達していない、だけど模倣、というかコピーしているのは確かだ。

 ……思い出した。

 そう言えば、演技というか、芝居というか、紙芝居についてこんなことも言っていたっけ。

「ごめんなさい」

 色んなことを思い出している俺の耳に藤堂さんの声が。

 どうして? 何故? 何で藤堂さんはいきなり謝罪したんだ?

 謝るようなことは何一つしていないはずだし、不愉快になるような発言もしていないのに。

 訳がわからずに彼女の顔をジッと見てしまう。

「……無神経なことを聞いちゃって」

 俺の心の中で思っている疑問がまるで彼女に聞こえていたかのように、藤堂さんは突然の謝罪の理由を説明してくれる。

 そんなことは気にしなくてもいいのに。

 あの人が死んでしまったのは、たしかに悲しいことだった。けれど、それは昔のこと。

 今はもう吹っ切れた。

 それに普段の生活ではつい忘れてしまいそうになることを思い出す良いキッカケを与えてくれたくらいだ。

 謝罪なんか必要無いのに。俺としては感謝の言葉を送りたいくらいなのに。

「気にしなくていいから。逆にお礼を言いたいくらいだから」

 心の中に自然に浮かんできた言葉を口にする。

 謝ったら、反対に感謝をされた。逆の立場なら絶対に戸惑うだろう。

 藤堂さんも同じだった。

 目を丸くして驚いている。さっきまでは申し訳なさそうな表情をしていたのに。

 まるで万華鏡のようだ。コロコロと表情が変わる。色んな顔を俺に見せてくれる。

 それがすごくかわいらしく映る。

「……思い出したんだ。昔、その人が言っていた大切なことを……紙芝居は種まきだって」

「種まき?」

 首を傾げながら藤堂さんが言う。

「上手く説明できないけど、紙芝居を上演するのは、観ている子供という畑に種をまくのと同じ。観ていた子供の中で何かが育つかもと思って演じる。それが何の芽かは判らない。コッチには何の有益なことにもならないかもしれない。けど、まき続けていれば、いつかは大きな花が咲くかも。無駄かもしれないけどまき続けろ。そんな話をしていた」



   湊


 種まきという表現はピッタリな感じがした。

 私の弟の信くんがそうだ。

 結城くんのまいた紙芝居という種が、ちょっとだけど発芽して、今までは読んでもらうばかりだった本を、自分でも声に出して読もうとしていた。

 それに大きくなったら自分も結城くんみたいに紙芝居をするんだとも言っている。もちろん、この言葉を大人になっても持ち続けているとは限らない。けど、きっとどこかで育つはず。だって、結城くんは多くに人に種をまき続けているのだから。

 それになによりその種が見事に芽吹き、育った成果を私は目の当りにしている。

 結城くんの紙芝居。

 彼の憧れの人がまいた種が大輪の華を咲かせて楽しませてくれている。

 心の中で、その人に感謝する。

 そして、一度でいいから紙芝居を観てみたかったなとも思ってしまう。

 絶対に会うことのできない人の話をもう少し聞いてみたい。

「他にはどんなことを聞いたの? その人から」

 私の言葉に結城くんはしばし考える、というか思い出そうとする。

 その横で私は静かに待つ。

 結城くんの口が開く、

「セックスをしないと……オナニーじゃ駄目だ」

 予想もしていないような単語が結城くんの口から飛び出した。



   航


「セックスをしないと……オナニーじゃ駄目だ」

 すっかり忘れていたけど、たしかに言っていたような、いや待てよあの時の俺は未成年にもかかわらずアルコールが入っていたから違うかも……いや絶対に言っていたはず。

 その後言葉の意味もちゃんと教えてもらったから。

 自分だけが気持ち良い芝居をしていては駄目。観ている側を楽しませ、気持ち良くしないと意味がない。

 オナニーは一人だけ気持ちよくなる行為。セックスは相手がいる行為。

 そして先ほどの種まきにも繋がる。

 楽しい、気持ち良い芝居をすることで精子を放出する。その精子は観ている側の中にある卵子と結合して新しい「何か」が産まれるかもしれない。

 あれだけでは訳が判らないはずだから、藤堂さんに説明をしないと。

 …………。

 …………。

 …………。

 …………。

 ああ、俺はなんて言葉を口走ってしまったんだ。

 後悔をするけど後の祭り。

 よりによって好きな子の前で「セックス」だの「オナニー」だの、恥ずかしい単語を臆面もなく言い放ってしまった。

 別の話を思い出しておけばよかったのに、よりによってあんな下ネタまじりに話を。

 ……最悪だ。

 今ので軽蔑されてしまったんじゃないだろうか。

 ヤスコ達くらいの年齢ならば下ネタも笑いながら許容、というかもっとエグイ話を振ってくるけど、同年代の女子には絶対に嫌われてしまうはず。

 ……藤堂さん以外には同年代の異性の知り合いがいないから判らないけど。

 

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