第23話 二人の時間 2


   みなと


 結城くんから思わぬお褒めのお言葉を頂いてしまう。

 正直言うと、私は自分の声があまり好きじゃない。結城くんに指摘されたようによく言葉が消えてしまい、聞き返されることも何度か。

 けど、そんな私の声を結城くんは綺麗な声だと言ってくれる。

 妙な照れのような、くすぐったいような感じが。

 けど、もしかしたら何も褒めるようなことがなく、仕方がなく声で濁しただけの可能性も。お世辞を言っているだけなのかもしれない。

 ……確かめないと。

 すると大きく肯いてくれる。

 うれしい。

 声を褒めてもらえた。

 ということは、結城くんが言っていたように毎日練習をすれば、きっと信くんも喜んで聞いてくれるような朗読ができるのかな。

 バドミントンでも基礎が大事と恵美ちゃんが言っていたし。それは日々の練習でも感じていること。

 そんなことを考えているうちにチャイムが。

 聞きたいことはまだまだあるけど、それはまた明日。

 楽しみは後にとっておかないと。


「ねえ、紙芝居はどこで手にいれるの?」

 今日は私から。

 昨日の夜、寝る前にベッドの中で考えた質問を結城くんに。

 結城くんのした紙芝居は知っているお話だった。でも、一緒に上演していた女の人のしていた紙芝居は私の知らない物語。

 それがちょっと気になって。

「うーんと、自分達で創っているはず……多分……」

「す……すごい」

 物語が誰かの手によって生み出されているという認識はある。けど、それは私の知らない誰か。だけど、物語を創っている人が身近、というか結城くんの知り合い、にいるなんて。

 だったらもしかしたら。

「結城くんも書いているの?」

 もしかしてという可能性を声に出して訊ねてみる。

「うんうん、俺はるだけ。創るのは主にヤスコが」

「ヤスコさんってどんな人なの?」

「俺の従姉。うーんと……藤堂さんに屋上のことを教えた女」

 あの人か。あの人結城くんの従姉のお姉さんだったんだ。

 一つの疑問が解決したところで次の質問を結城くんにぶつけようとした時、またもチャイムの音が。

 ちょっと残念なような気もするけど、でもまた明日。


「ねえ、結城くん。……あの……お願いがあるの」

 勇気を出して、思いついたアイデアを結城くんに言ってみることに。

「うん?」

「あのね、携帯電話の番号とアドレスを教えてもらえないかな」

 携帯電話で話せばいいんだ。そうすればお昼休みの短い時間だけじゃなく、もっと長い時間話が聞ける。それに教室から離れた屋上まで移動する必要もない。暑くもないし。

 でも、こんな風に男の子に聞くのは初めての経験。少し恥ずかしい。

「ゴメン、それは無理」

 いきなり拒否されてしまった。絶対に教えてもらえるものだと思っていたのに。

 もしかしたら結城くんには彼女がいて、その子がすごいヤキモチ焼きで、他の女子の番号が携帯電話に入っているのが許せないとか。そんなことを考えてしまう。

「携帯電話持っていないから。必要ないから」

 至極簡単な理由だった。持っていない電話の番号なんか絶対に教えてもらえない。

 けど、意外だ。周りはみんな持っているから絶対に所持していると思っていたのに。必要がない人もいるんだ。

 でも、残念だな。

「どうして俺の番号を知りたかったの?」

 残念がっている私に今度は結城くんが質問を。

「えっと、もうすぐお昼休みがなくなるから、ここで話ができないと思って。それなら番号を聞いて電話で話せないかと……」

 また試験がやって来る。ついこの前終わったばかりだと思っていたのに。

「別に屋上に来ればいいのに」

「ふぇ?」

 変な音が出てしまう。

「まっすぐ家に帰るつもりはないから。ここで時間を潰すつもりだったから……藤堂さんさえよければ、また来て欲しいな」

「いいの?」

「うん、いいよ」

 私の計画は失敗したけど、結城くんからうれしい提案が。

「じゃあ、来るから。紙芝居の話をもっと聞かせてね」

「了解」



   こう


 藤堂さんに携帯の番号を聞かれた。

 でも、俺は持っていない。これまでの人生でとくに必要がなかった、欲しいと思わなかったから。

 だけど、この瞬間は持っておけばよかったという後悔が俺の中に。

 気になる女子の電話番号を知りたい。

 これは男としては当然の心境だろう。

 以前、車の中でヤスコに指摘された。その時は濁したといか、逃げたけど、今やハッキリとまではいかないまでも、それなりに自覚している。

 俺は藤堂さんのことが好きになっている……多分。

 こうして一緒に屋上で過ごせる時間をすごく幸せに感じている。正直にいうと、藤堂さんが俺の横に座るだけで心臓が早鐘のように鳴り響く。俺の気持ちが知られてしまうんじゃないかと思ってしまう。

 ならいっそのこと告白を……という考えにはならなかった。

 これは俺に告白をする勇気がないというのではなく、別の理由で。

 藤堂さんは俺のする紙芝居が好きだと言ってくれた。

 そんな彼女に俺の気持ちを伝えたりなんかしたら、この先俺のする紙芝居を純粋に楽しんでもらえないのでは。

 同年代の、それも異性のファンなんて他にはいない。すごく貴重。

 俺が好きだと伝えてしまったら、もしかして離れていってしまうかもしれない。

 それはすごく寂しい。

ならば、俺の一方的な想いなんか口にせず、胸に秘めたままにしておいて、演者とファンという関係でいんじゃないだろうか。

 ……だから携帯番号を知らなくて正解なのかもしれない。



   湊


 約束通り、結城くんは試験期間に入ってからも屋上で待っていてくれた。

 こんなにも暑いのにもかかわらず。本当なら試験勉強しないといけないにもかかわらず。

 申し訳ないなとは思いつつも、反面楽しみにしている自分がいる。

 だけどやっぱり長い時間拘束してしまうのは気が引けてしまう。

 でも、できれば長く話を聞いていたい。

 結城くんと話をするのは楽しいから。


「どうして結城君は紙芝居の上演をするようになったの?」

 気になっていたことを質問してみる。

 あんなに上手なのだから紙芝居をすることは別に不思議じゃない。けど、私と同じ高校一年生の結城くんがどうして紙芝居をするようになったのか? それと何故、ショッピングセンターで紙芝居を?

「それはヤスコの手伝いで」

 ヤスコさんというのはこれまでの会話で何度も出てきている。結城くんの従姉のお姉さんだ。

 けれど、手伝いというのはどういう意味だろう。

 もちろん手伝いの意味くらいはちゃんと理解している。でも、紙芝居の上演とうまく結びつかない。

「手伝い?」

 疑問が声になって出てしまう。

「うーんと、それは……その説明はちょっと長くなるけどいいかな?」

 結城くんを長い時間引き止めるのは気が引けるけど、私は別に問題なし。試験勉強をしないといけないのは私もだけど、今は理由の方が気になってしまう。このまま帰ってしまったら絶対に気になって勉強が疎かになる自信がある。

「うん、大丈夫だから」

「えっと、あそこで紙芝居をするのはヤスコ達の劇団の仕事で」

「劇団?」

 これまでの結城くんとの会話で一度も劇団という言葉は出てこなかった。

 そっか、劇団だったんだ。普通に考えたら、そうかもしれない。

「うん、小さなアマチュア劇団だけどさ。舞台を創るのは結構お金がかかるんだって。その時ヤスコ達はまだ学生でお金が全然ない。そんな時にショッピングセンターで紙芝居の仕事の話があったんだ。それであそこで上演するようになった」

「そうなんだ」

 そういえば恵美ちゃんが小さい頃観ていたと言っていたような。そんな昔からしていたんだ。

 そうか、ショッピングセンターで紙芝居をしていたのはそういう理由があったんだ。

 結城くんも昔からしていたのかな。

「そうらしい。俺もまだ小さかったからその時のことは詳しく知らないし、あんまり憶えていない。その頃はヤスコ達のを観てただけだから。それからしばらくしてから芝居で子供が必要とかで無理やり舞台に上げられて」

「結城くんも舞台に出ているの?」

「一応あるけど。でも、ほんの数回くらいしか」

「すごい」

 感嘆の声が思わず出てしまう。舞台に立った経験もあるんだ。すごい。

「べつに大したことなんかないよ。出たけど台詞なんてほとんど無かったし、それにアトリエ公演でお客も少なかったし……評判もそんなに良くなかったはず」

「それでもすごいよ。ねえ、今はもう舞台はしていないの?」

 舞台で演技する結城くんも観てみたい。

「現在劇団は開店休業中だから。紙芝居の話に戻るよ」

「はーい」

 そうか、残念だな。

だけど今は紙芝居のお話を聞いていたんだ。

「劇団の人間はみんな社会人になり、忙しくなって次々と辞めていったんだ。それまでは代わりばんこで上演していたけど人手が足りなくなって、それで俺も紙芝居に駆り出された」

「ふーん、そうなんだ」

 結城くんが紙芝居をする理由がこれで判明した。

「それじゃもう一つ質問してもいいかな?」

「別にいいけど……時間はいいの?」

 結城くんに言われて私は携帯電話を取り出し時間を確認する。

 ほんの短い時間結城くんと話しているだけと思っていたのに、けっこう時間が経っていた。

 本当に楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。

 もっと話を聞きたいのは山々だけど、あまり時間を取らせるのは申し訳ない。

 ここは暑いし、試験勉強もしなくちゃいけないし。

 どうしようかと、考える。

「じゃあ、続きはまた明日ということで」

 悩んでいる私に結城くんが提案してくれる。

 そのお言葉に甘えることにする。続きは、楽しみは、また明日。


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