第13話 こどもの日 4


   こう


「すごく良かったよ。航くん、上手くなったよな」

 意気揚々、颯爽と舞台前から退場した俺に山寺さんが声をかけてくれる。

 観客の拍手も嬉しいけど、この人みたいに芝居を、演技を齧っている人からお褒めのお言葉を頂戴するのは、また別の嬉しさが。

 と、同時に少々照れてしまう。

 というのも、普段褒められることなんかないから。劇団のお姉さま方にはダメ出しばかりを受けているから。

「今度さ、うちの司会もやってくれないかな」

「えー、ひどい。それってあたしは首ってことですかー。たしかに上手いですけど」

「いやいや、最近は若いお母さん方にも特撮物は人気だから、お兄さん追加のダブル司会というのも悪くないと思ってな」

 音響を手伝ってくれたヒーローショーの人や、司会のお姉さんの言葉も、嬉しさと喜びを増大させてくれる。

 さあ、これで本日のお仕事は終了。

 この後どうしようか?

 今日の分のギャラはもらえることになっているから、帰り路にちょっと豪遊を。いつも帰りの車の中で気になっていたラーメン屋に行ってみようか。

 でも待てよ。愛車の部品にそのお金を使うのも悪くない。

 最近回転がちょっとだけ渋くなってきたBB《ボトムブラケット》を、思い切って、無駄だと言われてしまうかもしれないけど憧れのデュラエースに交換するとか。いや、待てよ、ドロップハンドルにするのも有りかもしれない。ああでも、これは予算オーバーだ。

「ああ、航くんちょっといいかな」

 思案というか、妄想を繰り広げている俺に前田さんが。

「急で申し訳ないんだけど、今日この後もう一回紙芝居を上演してくれないか」

「……えっ?」

「いや、こんなに受けているんだから一回だけというのはもったいないと思うんだよね」

 そう言ってもらえるのは正直ありがたいけど、実情としては困ってしまう。

 俺はあくまで助っ人だから。

「今回分のギャラ、少し色をつけるからさ」

 ギャラが増えるというのは魅力的な提案だけど。

「ね、お願い」

 手を合わせて前田さんは懇願する。こんなにお願いされているのに無下に断るのはなんだか申し訳ないような。

 結論が出ない。

 ならば、相談を、ヤスコに連絡を取って判断すればいいのだが、

「……判りました」

 と、引き受けてしまう。

 これは別にお金に釣られたわけじゃない。まあたしかに、ギャラが増えれば買える物もその分多くなるけど、俺が決断した最大の理由は、さっきの快感のようなものをもう一度体験したい、さっきよりももっと称賛を受けたいと思ったから。

 独自の判断で俺は二度目の上演をすることになった。



   みなと


 気持ちの良い目覚めだった。

 いつもだったら体が重くて、起きるのがちょっとだけ億劫なのに、今朝はすっきりと目が覚める。

 これってもしかして結城くんのおかげかな。

 昨日の紙芝居で楽しい気分になったからかな。


「おはよー」

 元気の良い声恵美ちゃんの声が背中に聞こえる。いつもの場所、いつもの駅で。

「うん、おはよう」

 振り向いて私もおはようと返す。心なしか声まで軽くなっているような気が。

「おお、元気良いな。一昨日はなんか死にそうな酷い顔してたのに。昨日何か良いことあった?」

「うん」

 良いことがあった。元気をもらった。

「おー、で? その良いことって何?」

 その元気になった理由を正直に恵美ちゃんに話すのは少し恥ずかしい。

結城くんのした紙芝居を観て元気をもらったと言ったら子供っぽいと笑われてしまうんじゃないのかな。

「……えっと……秘密かな」

 だから、話せない。秘密にする。

「ええ、教えろよー。ああ、もしかして彼氏ができたとか?」

 恵美ちゃんの言葉に慌てて首を振って否定する。

そんな人なんかいないよ。それに第一初恋もまだだし。でも……恋をするってどんな気持ちなんだろう。

「なんか怪しいな。すごい勢いで否定して。ほら、正直に答えろー」

「本当に違ってば」

「フッ、素直に白状しないなら、その体に直接聞くから」

 恵美ちゃんの手がいやらしく蠢いて私の体に迫ってくる。

「えっ、ちょっと、恵美ちゃん?」

 恵美ちゃんの魔の手から逃れようとけど、遅かった。

「覚悟しろ」

「ちょっと待ってよ。あ、ああん、ダメ、ダメだよ、そんなところ触ったら……ダメだって。いやー、止めてー」

 元気にはなったけど、疲労が完全に回復したわけじゃない。筋肉痛はまだある。その部分を恵美ちゃんの指が絶妙な力加減で撫でてくる。

「ああん、あん、もうダメ、許して」

 くすぐったいし、ちょっと痛い。声を上げるけど、恵美ちゃんの手は止まってはくれない。

「昨日何があったか白状するまで続けるからね」

 悪魔のような笑みを浮かべ恵美ちゃんが宣言する。

「本当に何もないから。もうゆるして……他のお客さんも迷惑するから」

 ここは駅のホーム。私達以外にも大勢のお客さんが電車を待っている。

「ゴメン。やりすぎた」

 ようやく恵美ちゃんの手が止まった。混雑しているはずのホームなのに私と恵美ちゃんを中心に半径1メートルの空間に大きな空きができていた。


 今日こそは絶対に結城くんに話しかける。昨日はうっかり忘れていたから。

 未だに、謝罪もお礼もしていない。

 だけど、今日は違う。まずは昨日の感想をちゃんと伝えるんだ。結城くんのしてくれた紙芝居で私が元気をもらったことを。そして、そのついでというわけではないが、あの時のことも。

 待つ、結城くんが教室に入ってくるのを。

 いつ来るのかな、楽しみに待っている。

 けれど、始業のチャイムが鳴っても結城くんの席は無人のまま。

 昨日はあんなにがんばっていたから、疲れて遅刻でもしたのかな。そんなことを考える。

 一時間目が終わる。二時間目も終わる。三時間目も四時間目も。お昼休みになっても姿を見せない。登校してこない。


 結城くんはその日、とうとう学校には来なかった。

  

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