第12話 こどもの日 3
紙芝居をどこで観ようか?
家族と一緒に来ているのだから、揃って観るのがいいのかもしれないけど、信くんは一番前へと、つまり結城くんの目の前に座っている。もちろんお父さんもお母さんも。そこで観るのはちょっと。
観るのは楽しみだけど、見られてしまうのは恥ずかしい。
だから、見つからずに観る場所を探す。
できるだけ目立たなくて、反対にこっちからはよく観える場所。
周囲を見渡し、考えた末に選んだのは後方。しかも、防火シャッターの後ろに。
また、隠れながら観ることに。
でも、今度はちゃんと顔を出して。
スピーカーから結城くんの柔らかい声が響く。その声に集まるように、またお客さんが増えていく。青い空間が少しずつ埋まっていく。
紙芝居の上演が始まる。『ながぐつをはいた猫』。一番最初に観た紙芝居。そして、私が唯一最後まで観た結城くんの紙芝居。
あの時も上手だと思って観ていたけど、今日のも素晴らしくて、とても上手。面白くて楽しい。
猫の声はコミカルで、青年はやや気弱、王様には威厳があり、魔王は怖かった。そして出番は少ないけど王女様の声は前回よりもはるかに可憐で可愛かった。本当に女の子が話しているとしか思えないほどだ。
同じ作品なのに前回とは違った面白さを、楽しさを見せてくれる、聞かせてくれる。
『ながぐつをはいた猫』が終了する。大きいな拍手が起きる。
あんなに面白い紙芝居をしてくれたのだから当然の結果だ。教室では周りの目が気になって拍手できなかったけど、ここでは大きな拍手を。
一作で終わりじゃなかった。まだまだ結城くんの紙芝居は続く。
二作目の作品は『色鉛筆のけんか』。観ている子供と一緒に進める紙芝居。さっき観たヒーローショーのテクニックを少しばかり拝借して上演してみる。
結構受けがいい。反応は上々。
計算通りに受けた。取りたい場所で思い通りの反応を。
気持ち良い。大袈裟かもしれないけど、この場の雰囲気を全て支配しているような気分に。
一本目同様、いやそれ以上の拍手を受ける。
これが気持ちよく感じる。普段の紙芝居でも拍手を受けるけど、こんなにも大きなのは初めて経験。
いつの間にか、上演に夢中になっている間に、目の前の青が小さくなっている。
大人も思った以上に観てくれているな。
ならば三作目は。
湊
三作目は『皿屋敷のお菊』。
怪談だろうか? 怖いのはちょっと嫌だな。でも、画はすごくかわいらしいし。
紙芝居が始まる。結城くんが声を出す。
ビックリした、驚いた。結城くんの口から流暢な関西弁が。これまで観たのは全部標準語だったのに。
大切なお皿を失くしてしまったお菊さんが化けて出て怨みを晴らす。そこまでは私も知っているお話だ。でもこの紙芝居にはまだ続きが。お菊さんはその後も井戸の中から出てきて皿の数を数え続けている。それを興味本位で見に行く若者達。
ああ、これは落語の紙芝居なんだ。結城くんは落語もできるんだ。
面白い。すごく面白い。思わず笑ってしまう。笑っているのは私だけじゃない。観ている人の大半は、とくに大人は、笑っている。
最後は、いつもは九枚までしか数えない皿の数を七十二枚まで数える。その理由は、好きだった人があの世に来て結ばれ、新婚旅行に行くため、というオチ。
これも一応ハッピーエンドなのだろうか。
それはともかく、拍手をしないと。周りの拍手の音に遅れて私も手を叩く。
結城くんが紙芝居の終了を告げる。もっと観たいのに残念だ。
そう思っているのは私だけじゃなかった。アンコールの声が次々と上がる。
私もその声に便乗することに。けど、大きな声で言うのは恥ずかしいから小さな声で。
結城くんは横を見ながらスーツ姿の小太りの人と何か相談を。そして、紙芝居をもう一本するとマイクで。
アンコールの声が届いたんだ。うれしい。最後はどんな紙芝居を上演してくれるのだろう。
航
三作目に選んだ紙芝居は落語ネタ。
思ったよりも大人の観客が多かったから、大人が観ても楽しめるものを。
これも大受け。さらにはアンコールまで。
追加の、もう一本を上演。
まるで『セロ引きのゴーシュ』の主人公のような気分に。
ボーっとなりながら拍手を全身で受け、舞台脇に引っ込む。すごく気持ちが良い。
ヒーローショーよりも観てくれる人数は少ない。でも、あちらは大人数の上に知名度だってある。それに比べて俺は一人、しかも知名度はゼロに近いし。それなのにショーに匹敵するくらいの大きな拍手を受けた。これは全部俺のした紙芝居に対してだ。
初めは不安だったけど、終わってみれば大成功。
やって良かった。
湊
「紙芝居面白かった?」
「うん」
紙芝居終了後、合流した信くんが元気良く答える。満足した様子。
「ヒーローショーと紙芝居、どっちの方が楽しかった?」
この幼い弟はどちらがお気に召したのか、少しだけ気になって訊いている。
「かみしばい」
少し考えて信くんは答えた。すごい、結城くんの紙芝居はヒーローよりも強く幼心を惹きつけたのだ。
「本当に上手かったな、あの子」
「そうね」
両親も結城くんの紙芝居に感心しきりだ。
「けど若かったよな。紙芝居ってもっと年配の人がするものだと思っていたのに」
「そうよね。あの子湊ちゃんよりも年下じゃないかしら。だとしたら中学生?」
「中学生か。でも、あれだけ上手いならもうプロなのかもな」
「まさか」
お父さんの言葉にお母さんが笑いながら言う。
違うよ。あのすごい紙芝居を上演したのは中学生じゃなくて高校生。私のクラスメイト。二人の話に耳を傾けながら何度となく言いそうになる。
けれど、思い止まる。
自分のことじゃないから自慢しても。
「湊どうだ、あの少年のところに弟子入りさせてもらったら。子供の頃はあんなの好きだっただろ。それに昔は声優になりたいって言ってただろ」
突然お父さんが変なことを言い出す。
たしかに小学生の頃アイドルゲームが女子の間で流行していた。私もそれに熱中していた。アイドルになりたい、というかそのゲームの世界の女の子のようになりたいと思っていた。けど、ゲームの世界には入れない。そんな時声優を仕事があると知って、なりたいと思った、憧れた時期もあったけど……。
「……無理だよ」
自嘲気味に小さく言う。
そんなものになれないことはよく分かっている。憧れはあったけど、できるのは特別な才能を持っている人だけ。
そう、結城くんみたいな。
でも、そのことを悲観するつもりはない。
だって、自分でするよりも楽しい紙芝居を結城くんがしてくれるから。
また、観にこよう、絶対に。
……あ、また結城くんに話しかけるのを忘れていた。
よし、明日こそは教室で絶対に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます