第11話 こどもの日 2


   みなと


 ヒーローショーが始まる。

 この場にいるほとんどの人が今舞台上で行われているアクションを観ているのに、私は一人の男の子の姿を探して周囲をキョロキョロと。

 あ、いた。

 舞台脇に設置されている音響スペースの傍に結城くんの背中を発見。

 後姿だけど、顔はよく見えないけど多分間違いないはず。この背中はいつも教室で見ている。席替えで結城くんは一番前の真ん中の席だから。

だから、結城くんの背中をよく知っている。

 どうしよう。ショーに興味はないから今から行って、勇気を出して話しかけてみようかな。一緒の教室で過ごすようになって一月(ひとつき)経つというのに、私はまだ結城くんと話をしたことがない。

 チャンスのはず。

 謝罪して、お礼を言って、それから紙芝居が面白かったことを伝えないと。

 持ってきたクマのマスコットを強く握りしめて、勇気を注入。

 結城くんに向けて一歩足を踏み出す。けど、そこから先に進めない。

 というのも、結城くんがスーツ姿の男性と話をしているのが見えたから。

 もしかしたらこれから行う紙芝居の打ち合わせをしているのかもしれない。そうだったら、そんな大事なところに私が行くのは。

 邪魔をしちゃいけないはず。話す機会はこの先もまだあるはずだし。

 それにしても良かった、ここに来たことが無駄足にならなくて。ほっと胸をなでおろす。

 それと、あと少しで結城くんの紙芝居を観られると思うとワクワクしてくる。

 けど、大丈夫なのかな?

 結城くんの声がよく響く、遠くにいても聞こえるのは知っている。だけど、ここは広い。それに吹き抜けになっている。こんな場所でちゃんと上演できるのだろうか。

 自分が上演するわけじゃないのに、今度はすごく心配になってきた。



   こう

 

 前田さんと、それから以前舞台で一緒になったことがある山寺さんと打ち合わせ。

 なるほど、それなら声の心配をしなくてもいいかもしれない。

 けど、新たな問題が出てきてしまった。


 

   湊


 ヒーローショーが終わる。その後の握手会も。

 今から結城くんの紙芝居だ。ちょっとだけワクワクしてくる。

 だけど、そんな私の期待に、長蛇の列から信くんと一緒に戻ってきたお父さんの言葉が。

「それじゃ観るものみたし、握手も済んだから昼飯に行くか」

 ヒーローショーを観るために来たのだから目的は果たされた。けど、今ここを離れてしまったら結城くんのする紙芝居が観られない。

 重たい、疲れた体で来た意味がなくなってしまう。

 どうしよう?

 今から上演する紙芝居が観たい、と素直に話そうか。でも、そんなことを言えば笑われてしまいそうな気がする。

 でも、このまま帰ってしまうのは。

 お父さんとお母さん、それから信くんが歩き出してしまう。

 言わないと。恥ずかしいけど、ちゃんと言わないと、来た意味がなくなってしまう。

『ここでお友達に大事なお報せがあります。この後十二時よりここ中央広場で紙芝居の上演会を行います』

 私が声を出そうとした瞬間、壇上の司会のお姉さんが紙芝居の告知を。

「みたい」

 信くんが紙芝居の言葉に反応する。

 舞台脇から紙芝居の道具を持った結城くんが。

 壇上で手際よく準備を開始。

 その傍に大勢の子供が集まっていく。さっき「みたい」と元気よく言った信くんは、お父さんとお母さんの了承を得る前に一目散に走っていく。

「こりゃ昼飯は当分後だな」

「湊ちゃん。お腹空いていない。大丈夫?」

 正直お腹は空いている。慌てて出てきたから朝ごはんを食べていないし。さっきからずっと空腹を訴えている。

 だけど、我慢できる。

 だって、結城くんのする紙芝居を観るためにここにいるのだから。

「うん、平気」

 だけど、体は正直だった。私のお腹が小さく鳴った。



    航


 紙芝居の準備を終えて、司会のお姉さんからマイクを受け取る。

 そう、音量の問題はマイクを使用することで払拭された。

 普通ならば、当然思いつくようなことなのにどうして俺がマイクという道具のことを失念していたのかといえば、それは紙芝居だけに限らず、芝居、演劇というものは基本生の音でするという教育というか、指導のようなものを幼少時よりずっと受けていたからだった。実際小さな小屋やアトリエ公演の時なんかは音響道具なんか使用していなかったから。

 だが、これで万事解決というわけではなく、新たに二つの問題が浮上。

 一つは高さ。

 イベントスペースに設置された舞台の上にいつもの紙芝居の台座を。

 舞台の高さが約1メートル、さらに台座の下の台の高さ1メートル強。つまり、床から二メートル以上もの高さに紙芝居の画があることになる。

 これでは舞台のすぐ下に陣取った子供達が見上げることに、というか見難くなってしまう、見えなくなってしまう。

 急遽、前田さんと相談をして、舞台の下での上演に。

 これで一つ目の問題は解決。

 だけど問題は、まだもう一つ存在している。

 それはマイクを使用すること。この道具を使えば音量を心配することなく声が出せる。けど、メリットだけではなくデメリットも。

 俺の紙芝居の演じ方は、台座の横で身体も一緒に演技を。

 今、俺が手にしているのはハンドマイク、しかも有線。これでは身体の動きに制限が、いつものような芝居ができなくなってしまう。

 どうしよう?

 今回はいつのやり方ではなく、ヤスコ達みたいな読み聞かせのスタイルで上演しようか? ああ、でもこんな広い場所で動きがないのは寂しいような気が。

 あ、けどその前にマイクを試しておこう。音響なんて普段まったく使っていないから、どの程度の音量で十分なのか判らない。

「正午より、紙芝居の上演を行います」

 マイクに向かって小さく言葉を発する。

 すると、舞台の両脇に設置されたスピーカーから何倍もの大きさに増幅された俺の声が。

 遠くにいる買い物客の人も、俺の声に反応して振り返ったりしている。

 これ位の音量でも大丈夫なんだ。これなら、全然喉に負担がかからない。

 となると、いつもは負担が大きいから自重している種類の声も出せるはず。

 今日の紙芝居のプランが俺の中で徐々に固まっていく。

 芝居の動きは小さめにして、いつもは出さない声で紙芝居を上演しよう。

 さっきの呼び込みが功を奏したのか、人が、とくに子供が集まってくる。

 けどまだ、ヒーローショーには全然及ばない。

 俺の前に敷かれているブルーシートの青が目立っている。

 上演開始時間に。

「えっと……いつもは二階で毎週日曜日に紙芝居の上演を行っていますが、今回はこっちで上演する機会を得ました。いつも観てくれている人も、初めての人も、どうぞ楽しんでいってください」

 普段は時間になったらすぐに紙芝居の上演を開始するけど、今日は柄にもなくMCを。

 忘れていた。ちゃんと足の裏の感覚があることを確認しておかないと。

 いつもとは違う場所なんだし。

 いくらでも音量を上げてもらうことができても、肝心の声自体が変な音だったら観る人を楽しませることができない。

 よし、感じる。

 あ、後呼吸も。大丈夫、できている。

 台座の扉を開けて、紙芝居を。

 最初に上演するのは『ながぐつをはいた猫』。


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