第8話 新生活 3
入学式の帰りからずっと長島さんと一緒に登下校を。
行き帰りの電車の中ではバドミントン部への勧誘が。普通ならば、こんなにも頻繁に絶えまない勧誘を受けてしたら辟易してしまいそうになるのだが、彼女のバドミントンに対しての熱い情熱、そして楽しそうな話を聞いていると、そんなに悪い気がしない。
だけど、入部するまではいかない。
ちょっとだけ申し訳ないとも思いながら、勧誘を躱し続けていた。
すると「ねえ、ちょっとだけでもさ体験してみない」というお誘いが。
いつも熱心な話を聞いていたので、ほんのちょっとだけどバドミントンに興味が。
その申し出を受けることに。
日曜日に長島さんがバドミントンのラケットを買いに行くというので、それに同行して、その後バドミントンを体験することに。
約束の日曜。
新しくできた友達と一緒に遊びに行くということでちょっとだけ興奮してなかなか寝付けなかった。目が覚めた後も、何を着ていくか散々迷って、家を出たのは約束の時間ギリギリ。遅刻しないように必死に自転車を漕いでこの前結城くんが紙芝居をしていたショッピングセンターに。
待ち合わせの時間には間に合ったはずなのに長島さんの姿がない。
時間を間違えた、それとも場所を間違えた。ううん、どっちも間違っていないはず。
多分大丈夫なはず。
それなのに、長島さんはいない。
どうしてだろう?
不安が急激に私の中に生まれる、襲い掛かってくる。
一人は嫌、一人はさみしい、一人は不安、一人は怖い。
もしかしたら愛想をつかされてしまったんじゃ。もう、どうでもいい人と思われてしまったんじゃ。
熱心な勧誘に応えなかったから。
いや、そんなことをする人じゃないはず。昨日の別れ際にもそんな素振りはなかったはず。
どうしよう?
電話をかけて確認をとろうか。
でも、まだ約束の時間から五分も経っていない。それなのに電話なんかしたら重たい人間と思われてしまうんじゃ。
携帯電話をバッグの中から取り出そうか迷う。迷いながら出したのは携帯電話ではなく、お守り代わりのクマのマスコット。左手でギュッと握りしめる。
強く握りしめて、それから目を瞑って祈る。早く長島さんが来ますように、と。
「ごめん、遅れたー」
待ち望んだ声が耳に飛び込んでくる。閉じていた目を開く。
長島さんだ。
さっきまで私の中で巣食っていた、さみしさ、不安、怖さが一気に消え去る。
「ホント、ゴメン。出がけにちょっとトラブルにあってさー」
「うんうん、私もちょっと前に来たところだから」
待っている間はずっと不安に苛まれていたけど、実際に待っていた時間は十分もない。
それよりも今は他に気になることがある。
「……ジャージなんだ。……私もジャージのほうがよかったのかな?」
長島は上下とも水色のジャージ。私の格好は一応動きやすいパンツルック。
「別にいいよ。そんなに本格的にするわけじゃないし。たんなる遊びだから」
「うん」
「それじゃ行こうか」
そう言うと長島さんは体を反転させる。元来た方へと歩いていこうとする。それだとショッピングセンターから出て行くことになってしまう。
「……あの……長島さん……どうして外に行くの?」
「うん。ああ、説明してなかったっけ。スポーツショップはここの駐車場内にあるの。こん中じゃないんだ」
そうなんだ。
あ、だからか。先週ここに来た時、信くんと一緒に紙芝居の上演場所を探して彷徨っていたけど大きなスポーツショップを見た記憶がなかったのは。
「後、それからさ長島さんって呼ばれるのなんか変な感じがしてさ、できれば名前で呼んでくれないかな」
「えっと、恵美……ちゃん」
少し戸惑いながら、少しドキドキしながら名前で呼んでみる。
「あたしも湊ちゃんって呼んでいい?」
もちろん、私もそっちのほうがうれしい。
ビックリした。
バドミントンのラケットはどれも同じものだと思っていたけど、こんなにも種類があるなんて。
それに結構な値段もするし。
恵美ちゃんがプレイスタイルの差異や材質の違いについて簡単な説明をしてくれたけど、素人の私には難しくて理解が追い付かない。
でも、楽しそうに話しているのを聞いているのは悪い気分ではない。
その後は、再びショッピングセンターの中に戻りフードコートでお昼を食べることに。
ここでもまた驚いた。
ラーメンと一緒に甘味が売っている。ラーメンとソフトクリームのセットなんかもある。
けど、恵美ちゃんは別段驚いてなんかいない。もしかしたら、こっちでは当たり前のことなのだろうか。そうだとしたら本当にビックリだ。
日曜日のお昼時だから、それなりに混雑している。私達のような学生もいれば、小さな子供を連れた家族連れも。
それでも空いている席はすぐに見つかる。セルフサービスの水を汲んできたりしていたら購入時に渡されたポケベルが音を立てながら震えた。
少しだけ冒険をしてみた。恵美ちゃんは普通のセットだけど、私が頼んだのは坦々面とソフトクリームのセット。辛いと、甘い。一体どんなのだろう。
ちょっと失敗だったかもしれない。味は悪くはなかった。けど、坦々麺を食べている間にソフトクリームがとけだしたのには少し困ってしまった。
『午後一時よりも紙芝居の上演を行います』
店内アナウンスが流れる。紙芝居の告知を告げる。
もしかしたらまた結城くんのする紙芝居が観られるかも。
そうなったらうれしい。
でも、観る前にしないといけないことが。私はまだ結城くんに謝罪していない、感謝の言葉を伝えていない。
入学式のあの日からずっと言おうと思っていたのに実行できていない。
だけど、今日はできるかもしれない。
「へー、まだ紙芝居ってしてんだ」
恵美ちゃんが懐かしそうに言う。
だったら、これから一緒に観に行こう。そうすれば、結城くんに言えるはず。
今から観に行かない、その言葉を恵美ちゃんに言おうとした瞬間、
「小さい頃はよく観たけど、今はもういいかな」
という恵美ちゃんの言葉が私の耳に。
咄嗟に言葉を引っ込める。
紙芝居を観に行く提案をしたら、子供っぽいと思われてしまうんじゃ。せっかく友達になれたのに、これが原因で呆れられてしまうんじゃ。
せっかく仲良くなれたのに、離れていってしまうかもしれない。
「この後どうする? バドの体験する? それとももうちょっとここで遊んでく?」
恵美ちゃんの言葉にすぐに答えられなかった。
その中には私のしたいことは入っていない。
したいのは、結城くんの紙芝居を観に行くこと。
だけど、それを口に出して言えない。
食べたばかりだからなのか、それとも別の原因があるのか分からないけど、突然重たくなったお腹を左手で擦りながら、恵美ちゃんの出した二択のどちらを選択しようか考える。
……私が選んだのは、
「……バドミントンかな」
選んだ理由は、バドミントンがどうしてもしたいというわけではなく。もう一方をしたくなかったから。
このままこのショッピングセンターにいたら、紙芝居に未練が……。
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