第7話 新生活 2


   みなと


 ……恥ずかしい。

 いくら動揺して慌てたからといって、同じような失敗を続けて犯さなくてもよかったのに。

 もっと落ち着いて行動していれば、クラス中の笑いものにならずにすんだのに。

 恥ずかしさの二乗で、自分がどんな自己紹介をしたのか全然憶えていない。

 それだけじゃなくて、他の人の自己紹介も全然聞けていない。

 ちゃんと聞いておかないと、この後新しい友達作りに支障をきたしてしまうのに。

 それなのに羞恥心でずっと机の上に視線を落としていた。いつの間にか終わっているのにも気が付かないくらいに。

 終わったんだ。

 ……行かないと。……結城くんのところに。

 ……でも、突然話しかけたら迷惑になるのでは。いや、それどころかもしかしたら、この間の不始末のことで怒られてしまうかもしれない。

 左手でクマのマスコットをギュッと握りしめる。

 ちゃんと謝るって決めたんだ。それから、面白かったと伝えるんだ。

 配られたプリント類をまとめてバッグの中に放り込み、振り返って結城くんが座っている席を見る。

 いない。

 私がグズグズしている間に教室から出ていったんだ。帰ってしまったんだ。

 急いで追いかけないと。

「ねえ、藤堂さんちょっといいかな」

 結城くんを追いかけるために教室から飛び出そうとしている私の背中に、誰かが声を。

 急がないといけないのに。でも、この声を無視してしまうのも。

 振り向くと、そこには小柄なショートカットの女子が。ちょっと失礼かもしれないけど、私と同じ制服を着ていないと男子と間違えてしまいそうなくらいボーイッシュな子。

 でも、誰? それと私に一体何の用があるのだろう?

「時間ある?」

 ない。結城くんを追いかけないといけないから。

 でも、結城くんがいつ教室から出ていったのか分からない。今から急いで追いかけても、追いつく保証なんかどこにもないし。どうやって話しかけようか思いついてもいないし。

「……大丈夫です」

 と、答える。

 せっかく向うから話しかけてくれたんだ。こんな機会を逃すのはもったいない。もしかしたら、新しい友達ができるチャンスかもしれない。

 それに結城くんとはこの一年間同じ教室で過ごすわけだから。今から慌てて追いかけなくても、これから先いくらでも話ができる機会はあるはず。

 それよりも新しい交友を。

「……えっと……」

 とは、思っても、失礼ながらこの子の名前が分からない。

 自己紹介の前半は孤独感で一杯だったし、後半は羞恥心で。

「長島恵美。藤堂さんの後ろの席」

 この子が自己紹介の順番を私に教えてくれたんだ。それなのに私は……。

「……ごめんなさい。……名前憶えていなくて」

 頭を下げて謝る。

「そんなの別にいいよ。あんな事があったばかりだったんだから。名前なんてこれから憶えてくれればいいよ」

 そう言ってもらえると、ちょっとは気が楽になる。

「……あのそれで……長島さん……私に何か?」

「いやー、こうして並んでみるとすごいわー。藤堂さんって今身長いくつ?」

 去年の身体測定では170センチをゆうに超えてしまっていた。あれから多分まだ伸びているはず。

これ以上大きくなんかなりたくないのに。

「……170センチ弱くらい」

 いつもよりも少し猫背気味にしてサバを逆によんで答える。

「いいな。うらやましいな」

 そんなこっちこそうらやましいのに。長島さんくらいの身長ならば、可愛い服が一杯あるのに。私の身長じゃ、そんな服はないし、あっても似合わないし。

「それでさ、何かスポーツやってた?」

 落胆している私に長島さんの言葉が続く。

 していない。

 スポーツは、というか体を動かすのはそんなに好きじゃない。

 この無駄に高い身長のおかげで中学に入学した時、いくつかの運動部から声をかけられた。勝手に過度な期待をされて、それに応えることができずに失望の声をぶつけられた。それ以来スポーツが嫌いになっていった。

 首を振る。

「それじゃさ、あたしと一緒にバドしない」

「バド?」

「うんそう、バドミントン。あたし小さい頃からやっててさ、高校でもしようと思っているんだよね。そんで藤堂さん背が高いし手足も長いから、他の部から勧誘される前に先に声をかけようかなって」

 声をかけてくれたのはうれしいけど……運動部は。また失望されてしまうのは嫌だ。

「ゴメン、いきなりすぎたか」

 私の表情で長島さんはどうやら察してくれたみたい。

 せっかく声をかけてくれたのに。

 多分これでもう長島さんは私への興味をなくしたはず。友達ができるかもしれないと期待したのに。

 こんなことなら、結城くんを追いかけていればよかったかもしれない。

「そんじゃあさ、藤堂さんは何処に住んでるの?」

 勧誘を無言で断ってしまったのに、長嶋さんはまだ私に話しかけてくれている。

 憶えたばかりのまだ馴染んでいない新しい住所を口に。

「うそ、それめっちゃ近所」

「……本当ですか?」

 私の家は隣の市。あの辺りからこの高校に通っている生徒は少ないという話を耳にしていた。だから、思わず聞いてしまう。

「うん、ホントホント。じゃあ、電車通学だよね」

「はい」

「そんじゃあさ、一緒に帰ろうよ。あそこからこの高校に通っている人って少ないから、一緒に登校する人っていなんだよね」

「はい」

「じゃあ、帰りの電車でバドの魅力を語っちゃうよ。そんでさっき失敗した勧誘を、次こそは成功させるから」


 来る時は一人だった。

 でも帰りは二人になった。



   こう


 退屈な時間からようやく解放された。これからどうしようか? 時間はあるし、天気も良いし、最近はあんまり走っていないから久し振りに自転車で走りに出かけようか。

 でも、待てよ。

 今週の紙芝居はたしかゆにさんとだ。彼女は今、大事な時期のはず。ゆにさんにはあまり負担をかけないように今度の日曜日は全部俺が上演しようか。

 そんなことは今まで一度もしたことがないけど、やってみよう。

 さっき頭の中に浮かんだ計画を棄却して、俺は稽古場へと通学用の自転車を走らせた。


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