第3話 紙芝居と少女と少年 2
終わりかと思っていたら、今度は別の人が。
二十代後半くらいの、ちょっとふくよかな体型のお姉さんが紙芝居の台座の横に。
この女の人の紙芝居はさっきの男の子とは違う上演方法。
体をあまり動かさない、声もあまり変えない。どちらかといえば、読み聞かせのようなスタイル。
この人もすごく上手。他の観客も、もちろん信くんも、楽しそうに紙芝居を観ている。
けど、私個人の好みを言えば、さっきの男の子の紙芝居のほうが楽しいし面白かった。
隠したままの体を柱の外へと。
年上の女の人の上演だから、こっちを見られてもそんなに恥ずかしくないし。
女の人の紙芝居は短かった。
それは面白かったから、あっという間に時間が過ぎた、というわけではなく本当に短かった。
けど、これで終わりかな。それじゃあ、信くんを連れてお母さんに合流しないと。
そう思いながら信くんに座っているベンチへと歩みだそうとした瞬間、あの男の子が紙芝居を手にしてまた台座へと近付いていく。
まだ、あるんだ。
もう一度上演するんだ。
そう思うと、嬉しくて、楽しくなってくるけど、このままじゃ観られない。
観ているところを見られてしまう。
大急ぎで反転してまた柱の陰に私の無駄に大きな体を隠す。
だけど、顔だけは少し出して。こうしないと紙芝居を観られないから。
男の子はお辞儀をして、それから台座の扉を開く。
「注文の多い料理店」
優しくて、良く響く声が私の耳に紙芝居の題名を伝えてくれる。
これも知っているお話。でも、どんな風に上演するのか、すごく楽しみだ。
静かに紙芝居が始まる。
やっぱり面白い。
上手さでいえば、前の女の人のほうが上手なのかもしれない。けど、私はこの男の子の紙芝居のほうが好きかもしれない。
また、紙芝居の世界にどんどんと惹き込まれていく。
いつの間にか、私の大きな体は柱の外へと出てしまう。
ある人の影響を受けているから俺の紙芝居の
キャラクター毎に声を変え、身体を使い台座の横でちょっとした芝居をする。
この『注文の多い料理店』は二人の主人公。一人は痩せた青年、もう一人は太った男。明確に違いが出るように声を演じ分ける。さらに落語のテクニックを応用して右を向いた時は青年、左を見た時は太った男というふうにする。
観客の反応に注意を向けながら紙芝居を進める。
狩りに出て道に迷った主人公二人組が山の中で一軒の料理店を発見する。休ませてもらおうと入るが、そこで色々とおかしな注文を突きつけられる。
本来の話ではこの注文は張り紙で書かれているものらしいが、この紙芝居ではアナウンスという設定になっている。
このアナウンスの声は無機質な感じに。それでいて少しだけ怖いように。
左右の向きを替える瞬間、例の少女の姿を確認する。ほんの一瞬だけ見る。
眼鏡をかけていないから表情なんか見えやしない。楽しんでくれているのか判らない。けど、背の高い身体を今度は柱の後ろに隠していない。
これは、興味を持って観てくれている証拠だろうか。
アナウンスの注文がどんどんと奇妙なものになっていく。
疑問を持ちながらも、多少疑いながらもその注文に応えていく二人組。
そしてついに気が付く。この料理店は来た人に料理を食べさせる店ではなく、来た人を料理にして食べる店だということに。
これから自分達の身に起きることに恐怖して震えた声を出す。この怖さが少しでも観ている側に伝わればいいなと思いながら紙芝居を。
一番前のベンチから悲鳴が上がる。
でも、この悲鳴は俺の意図した、計算通りの悲鳴じゃない。
一度始めた芝居は止めちゃいけない、そう教わってきたのに、なのに止まってしまう。
湊
柱の陰から面白く観ていた紙芝居が、突然の悲鳴によって中断を。
ちょうど怖い場面に差し掛かったところだから、怖さに耐えきれなくなった子供の一人が思わず声を上げてしまったのだろうか。
違う、そうじゃない。
そう断定できるのは、この声を知っているから。
これは私の幼い弟の信くんの悲鳴。
でも、どうして?
時折せがまれて絵本を読んであげることがある。その読んだ本の中にはちょっと怖いお話も。
だけど信くんは、一度たりともこんな悲鳴を上げたことはない。
私の読み方がへたくそだから、あの少年のように上手くないからだからだろうけど。
それはともかく、どうして信くんは急に声を上げたりなんかしたのだろうか?
紙芝居とあの少年にずっと釘付けになっていた視線を、急いで信くんのいる場所へ。
理由が分かった。
私が買ってあげた紙コップのジュースをこぼしてしまったのだ。
悲鳴が原因で紙芝居が中断に。
視線を感じた。
あの少年が、信くんが、他の観客の皆さんが一斉に私を見ている。
私は信くんの付き添いとしてここに来ている。だから、何とかしなくちゃいけない責任が。
それなのに、どうしていいのか分からない。
信くんの困った、泣き顔が目に入る。
あの少年の視線がずっと私を貫いている。
怖い。ここから逃げ出したい心境にかられる。
けど、そんなことできない。
……でも、どうしたらいいのか分からない。
航
さあ、止まってしまった紙芝居をどうしよう。
こういう場合は通常親御さんに片付けてもらって、俺は紙芝居を再開するのだが。
このジュースをこぼした子の親御さんは何処だ?
小さい子は困った時には反射的に親御さんの方向を見る。これはこの一年間で経験して学んだこと。
男の子の視線の先には柱と少女。
そうか、あの少女はこの子のお姉さんだったのか。
よく見えない視界を凝らして少女の様子を。
見えなくても判るくらいに狼狽している。固まっている。
あの子に片付けを期待するのは無理だろう。
ならば、手が空いているはずのヤスコに片付けてもらおうか。横目でヤスコを見ると、俺を見てニヤニヤしているような様子。
あ、これは絶対この状況を楽しんでいるな。思わぬトラブルを俺がどう対処するか、高みの見物を決め込むつもりでいやがる。
ならば、俺のすべきことは。
まずは紙芝居を。中断してしまった紙芝居を再開し、普段よりも少々早口で読み進め終わらせる。その後、〆の挨拶を。
それから近くにある清掃ロッカーからモップを取り出し、ベンチをどけて、こぼれたジュースを丹念に拭き取る。
昔俺もこぼしたことがあるし、それにこの一年の間に何回か拭き取ったことがあるから、ある意味お手のもの。
幸い、悲鳴に対してこぼしたジュースの量は少なかったから、すぐに終わる。ついでに落ちているゴミも拾ってゴミ箱に。
清掃終了後、柱の向こうを、つまりこの男の子のお姉さん、あの少女を見る。
あのまま固まったままなのか、少し気になったから。
けど、柱の向こうにあの少女の姿はなかった。
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