第2話 紙芝居と少女と少年


   みなと


 こんなにすごかったんだ、こんなに面白かったんだ。

 紙芝居って。

 上演しているのは多分私と同じくらいの年頃の、青い半被を着た男の子。

彼がしているのは幼い頃に観ていた紙芝居とは全然違う。絵の入った台座の横で体を使って演じながら、キャラクター毎に声を変えている。

 『お芝居』だ。

 幼い弟の付き添いでこの場にいるだけ。というか、一緒に、小さい子達に交じって紙芝居を観るのが急に恥ずかしくなってしまい、私は少し離れた場所で。

ちょっとだけ興味はあったけどそんなに積極的に紙芝居を観るつもりなんかなかったのに。面白くなかったら持ってきた文庫本でも読もうと思っていたのに。

それなのに段々と紙芝居に惹き込まれていく。

 上演しているのは『ながぐつをはいた猫』。

知っているお話だけど先が気になってしまう。

 本当にすごい。

 ああ、また声が変わった。今度は王様とお姫様。私と同じくらいの歳だから王様の威厳というか貫禄には少し遠いけどそれでもなんとなく雰囲気は出ている。

それにお姫様の声はまるで本当の女の子のようなかわいい声。

 かわいくて、可憐な細い声のはずなのに離れた場所で観ている私の所にまでちゃんと届いている。ここは紙芝居を上演するにはあまり相応しくない色んな音であふれているショッピングセンターの中のはずなのに。

周囲の音なんかものともせず私の耳に、あの男の子の声が届く。

 マイクなんか使用していない、生の声なのに。

 紙芝居は佳境にさしかかる。魔王が登場する。男の子の声がまた変わる。魔王というのにはちょっと迫力不足だけど、それで面白さが損なわれるわけじゃない。

 その証拠に一番前の席の真ん中に陣取っている弟の信くんは、さっき買ってあげた紙コップのジュースを飲むのも忘れて食い入るように紙芝居を観ている。

 他のベンチに座っているお客さんも、立って観ている人もみんな楽しそうに紙芝居を観ている。それは小さな子供だけじゃなく、その親御さんたちも。

 私も見入ってしまう、聞き入ってしまう。

 面白い、楽しい。

 結末は知っているはずなのに、ワクワクドキドキしてくる。

 最初はそんなに観る気なんかなかった。だからこそ信くんの横に座るのではなく、少し離れた場所で。

恥ずかしいから大きな体を柱の後ろに隠すように観ていた。

 それが今では隠れる気なんかなくなっている。

 上演中の男の子の顔が私の方を見る。

目が合ったような気が。

 その瞬間、私は自分の大きな体を横にあった柱の後ろへと隠す。

 観ているのはいいけど、見られるのは恥ずかしい。

 こんな大きなのが、来週から高校生にもなるのが、紙芝居の上演を楽しんでいると思われるのがすごく恥ずかしかったから。



   こう


 紙芝居の上演中、ずっと柱の向こうの女? が気になってしまう。

 女? というのは距離が離れていて判別がつかないため。三列のベンチを挟み、その向う側エスカレーター脇の大きな柱まではおおよそ10メートル弱。普段は眼鏡をかけて生活をしているが紙芝居の、というか芝居の上演中には外している。

 そう教わってきたから。

 だから、見えない。

 見えないというのは表現に少しばかり語弊が。ぼんやりとは見えるけど、顔や身体がハッキリ見えるわけではない。

 だが、それでも普通ならば男女の違いくらいは分かる。

 なのに、判別がつかない、というか女だと断定できないのには理由が。それは件の人物の身長。高い。柱の陰に全体が隠れているから正確な身長は判らないけど、絶対に俺よりも高いはず。

 けどまあ、正直男であろうと女であろうと関係ない。

 観てくれるのならば、どっちでもいい。

 ならば、なぜそんなに気になってしまったかというと、その件の人物は絶えず柱の向こうから顔を出したり引っ込めたりしているから。

 紙芝居を観るのなら、もっと普通に観てくれればいいのに。そんな隠れながら観なくてもいいのに。

 けど、柱の向こうばかりを気にして上演するわけにはいかない。目の前のベンチには楽しんでくれている小さなお客さん達がいるのだから。

 特に一番前の真ん中に座っている男の子は反応がいいぞ。手にしているジュースを飲むのも忘れて俺のする紙芝居を観てくれている。

 この子が飽きてしまわないようにしないと。せっかく楽しんでくれているのだから。

 とは言ったものの、やはり気になってしまう。

 少し離れた位置にいる女? にもちゃんと声が届くように。周囲のあらゆる音に負けてしまわないように、いつもの上演よりもほんの少し大きめの声を出す意識を。けど、固くて強い音にならないように注意しながら。幼い頃から教わってきたのは柔らかくて響く声。

 紙芝居はクライマックスに向かう。魔王が登場。ここは怖くて固い声で恐怖を演出。

 けど、俺の声は同年代の連中に比べても高め。精一杯低くて威厳があり、かっこよくて、怖い声を出そうとするけど、迫力不足は否めない。

 それでも前に座っている子供達が少しは怖がってくれている。

 後ろの女? の反応が気になった。よくは見えないけど視線を向けてみる。

 見えないはずなのに、目が合ったような気がした。

 気のせいというのは間違いだった。その証拠に大慌てでその大きな身体を柱の後ろ側へと。

 判らない? 紙芝居を観たかったのか? それとも別の理由でいるだけなのだろうか?

 判らないままで『ながぐつをはいた猫』の上演を終える。拍手が起きる。台座の中から紙芝居を抜き取り、劇団の主催者でもあり、従姉でもあるヤスコと交代。


 ヤスコと交替した後、眼鏡をかけて柱の向こうに目を向ける。

 ハッキリと見える視界が捉えた件の人物は紛れもなく女。

 しかも、俺と同年代の少女。

 柱の向こうからヤスコのしている紙芝居を観ている。

紙芝居に少しは興味があるのだろうか。それなら少しうれしい。

同年代の人間でそんなのは俺の知る限りではいないから。

 女というか少女を見て考える。次は何を上演しようか?

 三十分の上演時間内でする紙芝居の数は三本ないし四本。今日は俺とヤスコの二人だけが参加。ということは、もう一本しないといけないということ。

 今度は出来得るならば、あの少女が柱の陰から顔を出したり引っ込めたりしないでずっと見続けてもらえるものを上演したいなと考える。

 けど、何をすればいいのか? 

 紙芝居をするようになって約一年。色んな作品を上演してきたけど、同年代が観て楽しめるような作品なんてさっぱり思いつかない。 

 持ってきた紙芝居を頭の中に思い浮かべる。今日の手持ちの大半は小さな子向け。大人も楽しめるような紙芝居なんか持ってこなかったはず。

 考えているうちに拍手の音が。いつの間にかヤスコの紙芝居が終わっている。

 ああ、アイツ。短いのを、八枚しかないのを上演しやがった。ズルいぞ、もっと長いのを上演しろ。俺に負担をかけるな。

 俺は単なる手伝いなんだから。

 心の中で文句を言っても、次が俺の番であることにはかわりない。

 ヤスコが観客にお辞儀をして引っ込む。急いで行かないと。

 くそっ、まだ何を上演するのか決めていないのに。

 まとめて置いてある紙芝居の中から適当に取り出す。

 うん。これならまあ、大人が観てもそれなりに楽しめるはずだ。同年代だとどうかは判らないけど。それでもまあ、幼児向けの作品に比べればはるかにマシなはず。少しばかり季節外れの紙芝居だけど。

 眼鏡を外して台座の横に移動。台座の中に紙芝居を入れる。台座の扉を開ける。

 紙芝居の始まり、始まり。


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