かみしばい×青春=SEX
立見
第1話 迷子と声
迷子になってしまった。もうすぐ高校生にもなるというのに。
正確にいうと迷子じゃない。だけど、迷子のような心境。
どういう状況なのかというと、日曜日の昼下がり、つい先日引っ越してきたばかりの新しい地のショッピングセンターに家族三人で買い物に来ていた。
そこで不思議な店内アナウンスを耳に。
アナウンスの内容は『ただいまから紙芝居の上演を行います』。
最初は聞き間違えかと思った。こんな場所で紙芝居の上演なんてあるわけない。
だけど、私は別に聞き間違えたわけじゃなかった。
年の離れた幼い弟の
その声に困った表情を浮かべたのはお母さんだった。なにしろ初めて来た場所で勝手が分からない、それに買うものも多いと言っていたし。
そんなお母さんのことなんか我関せずに、信くんが観たいと駄々をこね始める。
こうなったらちょっと大変なことに。
そこで私が提案を。
私が信くんを連れて紙芝居を観に行くから、その間にお母さんは買い物をして、と。
「いいの、湊ちゃん?」
私の案に、お母さんは本当にいいのか確かめる。
「うん、大丈夫」
多分だけどお母さんの言葉の中には、高校生になる私が紙芝居を一緒に観に行っても楽しめないだろうという心配が含まれている。
大丈夫。本音を言うと、ちょっとだけ紙芝居に興味があった。でも、そんなことは言えないけど。
というわけで信くんを連れて紙芝居が上演される場所を目指すことにしたのだが、何処で上演するのかを聞き逃してしまった。
その結果が迷子のような状態に。
ショッピングセンターの中を弟の手を繋ぎ彷徨うことに。
来た当初は明るく感じていた店内が、なんだか暗くなったような気が。
分からないのであれば、聞けばいいだけの話。
ショッピングセンターの中なのだから、そこかしこに店員さんがいるわけだし、それに私達以外のお客さんだって沢山いる。
なんならインフォメーションで尋ねれば、すぐに上演場所を教えてもらえるはず。
それなのに、できなかった。
できない理由は、恥ずかしかったから。
人見知りしやすい性質ということもあるし、それにこんな大きなのが紙芝居について尋ねるなんて。
もしかしたら笑われてしまうかもしれない。
被害妄想だということは分かっているけど、そんな想像が頭の中に浮かんできたら絶対に人に聞くなんてできない。恥ずかしい。
けど、どうしよう?
暗い視界がもっと暗くなっていくような気が。
「おねーちゃん」
私の不安が左手を通して信くんに伝わってしまったみたいだ。さっきまで紙芝居が観られると嬉しそうな顔をしていたのに、今はもう泣きそうな表情に。
急いで、上演場所を見つけないと。
でも、どうやって?
このまま当てもなくショッピングセンター内を信くんの手を繋ぎ連れて歩き回るのか。それとも思い切って誰かに聞くか。
もう一度紙芝居のアナウンスが流れないかな、と決断できないままで都合の良いことを考えてしまう。
そうだ。
もしかしたら本屋さんで上演があるかもしれない。
とりあえず、本屋さんを目指そう。
幸い、案内板が目に入る。これなら人に聞かなくとも本屋さんの位置が分かる。
だけど残念なことに本屋さんでの紙芝居の上演はなかった。
ここじゃないんだ。絶対にここだと思ったのに。
落胆しそうになった私の耳に声が。
よく響く、そして柔らかい優しい音。
紙芝居の上演を告げている。
「おねーちゃん」
その声は信くんにも聞こえていた。
「うん、アッチから」
ついさっきまで暗く映っていた視界が急に明るくなる。
信くんの小さな手を繋ぎ直して、声のする方向へと歩き出す。
日曜日は紙芝居の日。一年位前からそうだ。
この春高校に入学する俺がどうして紙芝居の上演を行っているのか。少々長くなるけど、まずはそこから説明したいと思う。
このショッピングセンターでの紙芝居は俺個人がしていることではなく、
演劇というのは何かとお金がかかるものらしい。今は社会人だが、当時は学生だった従姉達は活動資金を集めるのに苦労したという話だ。そんな時にショッピングセンターから紙芝居の上演をしてくれないかという依頼があった。
肝心の劇団活動は現在休止状態のようなものだが、紙芝居の上演は継続して行っていた。
ということは、俺が劇団員だから紙芝居の上演に携わっていると大半の人は思うだろうが、それは間違いだ。
俺は別に劇団に所属しているわけではない。まあ、小さい頃から頻繁に出入りはしていたけど。
なら、何故しているのか? と新たな疑問を懐く人がいるはずから説明すると、一言で言ってしまうと人手不足。
毎週日曜日の上演というのは結構大変だ。かつてはメンバーでローテーションを組んで代わる代わる上演を行っていたらしいが、それはメンバーの大半が学生だった時のこと。
社会人になった劇団員の大半は次第に足が遠のいていく。
つまり、上演する人間が減っていく。
それでもできる人間だけで上演を続けていたのだが、去年の春とうとう困難に。
そんな状態で俺に白羽の矢が立った。
「航、暇でしょ。紙芝居の上演手伝いなさい」
と、従姉のヤスコに。
去年のことだから俺は一応受験生。受験勉強を理由に断ることもできたのだが、思うところがあり、手伝いを承諾。
以降、毎週日曜日にはここに来て紙芝居の上演を。ルーティンワークに。
以上、俺が紙芝居をすることになった簡単な経緯。
本当はもう少し複雑な事情があるのだが、それを説明している時間はない。なにしろ、上演の時間が迫っている。
準備をしないと。長椅子とベンチをセッティングして観客席を拵える。それから台座を載せる台を運んでこないと。
「航、アンタが最初ね」
準備をしている俺の背中にヤスコの声が。
あのな、俺は一応助っ人なんだから。主催者であるお前が率先して上演しろよ、と心の中で。でも、言わない。そんな言葉を口に出したりなんかしたら絶対に何倍にもなって返ってくるから恐ろしい。逆らったりしたらどんな目に合うことやら。
よし、まあこれで準備は完了。
あ、後は呼び込みをしないと。店内放送で紙芝居の上演をアナウンスしてくれるけど、買い物客全員が全員聞いているわけじゃない。
大きく息を吸い込み、それから体内の息をゆっくりと吐き出す。
足の裏の感覚も確認。
これが感じられないと声が不安定になってしまう。
うん、感じることができる。
柔らかくて優しくて、そして響く音が出るように意識しながら声を出す。
「一時より、紙芝居の上演行いますよー」
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