第3話
どきどきと騒ぐ心臓を抑えながら、紅茶を飲んだりお菓子を軽くつまんだり、時間をつぶしているときだった。
「君たちが、俺に会いたいという人かな?」
どこからか声が聞こえた。
びっくりした私は紅茶を飲んでいた手を止めて、あたりを見渡した。が、人の姿はない。
疑問に思った瞬間、目の前のいすがボッと青い火で燃え立ったかと思うと、徐々に火が消え人が現れる。
え、え?
自分の前で起こったことが信じられない。
これが魔法? この人が魔法使い?
すごい、すごすぎる。
目の前で行われた魔法に魅了された私とお姉ちゃん。
けれど我に戻り、まずはお礼を言わなければいけないことを思い出した。
「はっ、はい。ラムと言います。こっちは妹の、」
「リムです。お忙しい中、お時間を頂きましてありがとうございます」
私たちはそろってお辞儀をする。
未知のものである魔法。その魔法を使う人が目の前にいる。
心なしか、私たちは緊張していた。……いや、恐怖を感じていた。
「取って食いはしないんだから、そんなにかしこまらなくていいよ。ちょっと脅かしてみたかったんだ」
そんな私たちに気が付いたのか、ニコニコと屈託なく、楽しそうに笑っている。
「それで、俺に何の用だい?」
「えっと。その」
お姉ちゃんは、もじもじとしている。
はぁ。もう少しちゃんとしてくれたら、頼りがいがあるんだけど。
仕方がないので、私が要件を伝えよう。
「私たち、平民で魔法が使えないので、魔法使いにあこがれていて。その、お会いしてみたいなぁというだけです」
「はははっ。そうか、それでここまでやってきたのか」
驚いて、それでいて楽しそうだ。
「はい、ご迷惑をおかけしてすみません」
「いいよ。そういう行動力があるの、きらいじゃないよ」
魔法使いさんは楽しそうに笑った後、顎に手を当てて、何か考え込んだ。
「そうだな。じゃあ、俺の今までの旅話を聞かせてあげようか」
「いいのですか?」
しゅばっと、食い気味に返事をするお姉ちゃん。やっと復活した。
「もちろんさ。君たちは、その見た目だと双子かい?」
「はい、そうですが」
「それがなにか?」と、首をかしげる。
「ここに来る前、君たちのような双子に会ってね__」
魔法使いさんは、たくさんのお話を聞かせてくれた。
魔法使いになるまで、きつい試験を受けたこと。
自分は旅をしながら、点々と日銭を稼いでいる、旅人だということ。
依頼を受けて、過去に戻ったことがあること。
一国の王女様の護衛をしたということ。
護衛の中で殺される寸前まで追い詰められたこと。
他にも、たくさんのおもしろいお話を聞かせてくれた。
その中でも一つ、とても気になるお話があった。
「『幸せの花』って、知っているかい?」
なんでだろう。
本当に何も知らない。初めて聞いた花のことなのに、なぜかひどく、耳に残った。
「いいえ、どんな花なんですか?」
「この村の周辺に咲いている花らしいんだけどね、魔法の花なんだ。どんな願いでも叶えてしまう。『お金持ちになりたい』や『不老不死になりたい』など、どんな願いでもね。でも、一人に一つの願いしか叶えられない。とても不思議な花なんだ」
そんな、誰もが望むような花があるんだ。
まるで魔法みたいな……いや魔法か。
「まあ、伝説みたいな話なんだけどね」
あきれたように、魔法使いさんは笑った。
「でも、『その花が存在したら、ぜひとも研究してみたい』って、魔法省の上司に頼まれてここに来たんだ」
なるほど。だからこんな貧相な村に魔法使いさんが来た訳だ。
こんな田舎の小さな村に魔法使いが来るなんて、普通はあり得ない話だもん。
「魔力を感じ取ってみたけれど、点で気配がしない。やっぱり存在しないのかなぁ」
「あの」
私が声をあげると、魔法使いさんはこちらを向いた。
「なんだい?」
「それは、花なんですよね? でしたら、森の方で魔力の気配を感じ取ってみてはどうでしょうか?」
この村の東には大きな森がある。
この大陸でもっとも大きい森で、その森を抜けたところが王都だ。
とても広大な範囲ではあるけれど、あれだけ広いんだ。もしかしたら、その花があるかもしれない。
しかし、魔法使いさんはまたまた呆れたように笑うと、首を横に振った。
「それも試してみた。でもだめだったよ」
「そうですか、すみません」
もう試したんだ。すごいな、あれだけ広いのに。それでなかったんだ。
……なんか、恥ずかしいな。
「いや、大丈夫だ。これで存在しないことがわかったし、明日にはここを発つつもりだ。それより君たち、もう帰った方がいいんじゃないか? 日が暮れてきているぞ」
「え、うそ!」
急いで窓の外を確認してみると、きれいな月が私たちに微笑みかけるように浮かんでいた。
「すまない、俺が話しすぎたな。送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です。お時間を取らせてしまってすみません。リム、帰るよ」
紅茶のカップを置き、颯爽と立ち上がったお姉ちゃんに続き、私も立ち上がる。
もう、帰らなきゃなのか。まだまだ話を聞いていたいのに。
「魔法使いさん、いろいろとありがとうございました。失礼します」
「おう、気をつけて帰れよ」
私たちは宿屋を出て、大急ぎで家へと走った。
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