「別れの日」— episode 12 —

 葬儀が終わり、参列者はみな帰っていく。

 老婆に手を引かれたマハルもその中にいた。ウダはそれを見送ると、一人空を見上げていた。

 隣に立ち、風に吹かれていく煙を見つめる。ウダはおれに気附くと、また空を見上げた。

「聞きたかったことは聞けたのか?」

 空を見つめながら、ウダが言った。

「すまない…」

 声が震えていた。

「あんたは何もしていない。さっきも上で言っただろう」

 何も言えなかった。ウダは困り果てたように、ひとつ息を吐いた。そして言った。

「人は遅かれ早かれ、いずれ死ぬ。昔、爺さんがおれに言った言葉だ」

 山からおりてくる風。緑の草原を撫でていく。

「冷たい言葉だとおもった。だが次第にわかってきた。チャンも、おれたち姉弟も、紛争で両親や仲間を大勢失った。得体のしれない理不尽なものに、愛すべきものをいきなり奪われた。その言葉を身体と心に刻まなければ、生きていけなかったからだ」

 背後から男の呼ぶ声。振り向くと、レイキとかいうあの若い男が立っていた。

 ウダと話しおえると、村へと去って行った。ウダはコカが群生する山の方へと目を向けた。

「爺さんからも聞いたとおもうが……この村は今、かなりやばいことになってる」

「大体のことは聞いた」

 ウダはおれに向きなおり、真っ直ぐな眼差しで言った。

「だったらおれに力を貸してくれ。おれもあんたが元いた領域に戻れるように、できうる限りのことはする」

 その目は若くして自分を中心に、この村を守り抜いていかなければならない。そういった責任や使命といった、そんな生優しいものではない。勿論それもあるだろう。

 差し迫ってくる村人達の命の危機——。様々な感情や思いがない混ぜになった、複雑な目だった。必死の懇願だった。

「もうしてもらってる」

 おれのその言葉にウダは何も言わず、あとに続く言葉を待っているようだった。おれは言った。

「できることなら、何でもやらせてもらう。そのうちあの化け物にも出くわすだろう。必ず落とし前をつけさせる。必ずだ」

 ウダは黙って頷き、空を見上げた。

「あんた、名はなんていうんだ?」

 この領域へ来てからずっと、自分の名を思い出せずにいた。

「それが……おもいだせない」

 過去の記憶は断片的に残っているというのに。それだけがそこから抜け落ちていた。ウダは心配そうにおれを見た。

「爺さんが言っていた。そのうち思い出す。心配しなくていいともな」

 あの爺さんが言うのなら、きっとそうなのだろう。

 今のおれには自分の名など、べつにどうでもよかった。この先、一体どうなっていくのか。ただそれだけだった。

「あんた、煙草持ってきたか?」

「ああ。ただマッチが……ナカシロのテーブルの上だ」

 ウダはあきれた目をおれにむけた。

「煙草だけ持っていてもしかたないだろう」

「ああ…すまん」

 そう言うとウダは疲れ切った顔で微笑み、また空を見上げた。雲のない青空へと舞い上がった灰色の煙は、もうすっかりなくなっていた。

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