「 戦士の眠る丘 」— episode 13 —
葬儀の後。
ナカシロとウダと共に村長の家に招かれた。
見たところ質素な暮らしぶりだったが、食事を振る舞われ、丁重なもてなしを受けた。
——ハウロとマージ。
気の良さそうな爺さんと、優しそうな奥さんだった。久しぶりにまともな食事をした気がした。ナカシロがおれが自警団に加入することを告げる。奥さん共々、大いに喜んでくれた。ハウロが得意気に自家製のトウモロコシの酒を出してきた。美味かった。おれがあまりにうまそうに飲むので、帰り際に持たせてくれた。マージが手編みのポンチョのようなものをくれた。この村で古くから伝わる編物。村の女は皆幼い頃から覚えるのだそうだ。とてもあたたかかった。
外はすっかり暗闇に包まれていた。
「あとは頼んだぞ 」
ナカシロはそう言い残し、その場を後にした。
「チャン…か」
「そうだ」
「ナカシロはなんて」
「おれたち二人で弔う」
「何処へだ?」
「戦士達の、眠る丘だ」
• •
風のない静かな夜。
空半分を覆い尽くすあの馬鹿でかい天体。ここでは月というのだとウダが教えてくれた。昨夜より強く光を放っている。
地下牢の手前の道を右に逸れる。少し行くと松明の明かりが見えた。坂の手前、レイキというあの若者が荷車の横で立っていた。チャンの遺体には白い布がかけてあった。レイキに対しウダが何か言っていたが、彼は頑として聞かなかった。結局三人で荷車を押して、坂を上がっていく。
暗闇の森の中。三人とも黙ったまま、ひたすら荷車を押し続けた。
途中、左の車輪が破損した。ウダは遺体にかけられていた布をとり、チャンの頭をそっと撫でた。そしてゆっくりと背負った。チャンはまるで眠っているようだった。勾配がきつくなってくる。次第にウダの息もあがってくる。レイキがウダに何か言うと、次はレイキがチャンを背負った。すぐに息があがるのが聞こえた。
「おい」
声をかけるとレイキは振り向いた。
「おれとかわれ」
手振りを交え言った。レイキはウダの方を見ると、ウダが頷いた。
チャンは軽かった。哀しいくらいに。そして冷たかった。息はあがらなかった。体力があるわけじゃない。おれが生み出した得体のしれない化け物。それが元で、自ら命を絶った若者。この男の苦しみに比べれば、今の自分の苦しみなど遥かに及ばない。チャンの苦しみのほんの僅かでも、身に感じなければ気が済まなかった。
途中二人が何度か声をかけてきが、おれは黙って歩き続けた。二人とも上に着くまで、もう何も言わなかった。
開けた丘に辿りつく。そこには松明を持った若者達が大勢集まっていた。広い墓地。おれたちに気附くと、皆歩み寄ってきた。
「こいつらは?」
「自警団の、おれたちの仲間だ」
「二人で弔うんじゃなかったのか?」
「しょうがないやつらだ」
丸太が組まれ、火葬の準備がされていた。
その中の藁が敷かれた上に、おれはそっとチャンを横たえた。若い男がウダになにか手渡す。食卓の上に生けてあった白い花。チャンの胸の上に、そっと置いた。
「こいつは昔からずっと、ミサを実の姉のように慕っていた。おれたち三人は、実の姉弟のようだった」
丁寧に藁がかけられる。みな木枠から離れた。声が上がり火がかけられた。またたく間に燃え上がっていく。みな黙って、その炎を見つめていた。
「ここは村の戦士達が眠る墓地だ。この村は昔、異民族との戦いの連続だったらしい。その度重なる戦いで、この村のために散っていった者達だ」
見渡すとかなりの数の墓石が建っている。
「チャンもここへ弔う。ナカシロの息子も、ここに眠っている」
ナカシロはいったいいつからこの領域にいるのか。
燃え尽きた後。皆ひとかけらずつ骨を拾っていく。おれも一つ拾いあげた。残りの骨を掘ってあった穴に埋めた。それが終わると、皆坂を下りていった。
レイキがおれのところにやってきた。
「アリガトウ」
低い声でそう言って、去っていく。
「おまえが教えてるのか?」
「ああ。幼い頃からあいつにだけ教えてきた。爺さんには内緒でな。誰にも日本語を教えるなと言われている」
「なんでだ?」
「さあな。深く考えた事はない。爺さんなりの考えがあるんだろう。戻って少し休んでから、出発の準備だ。老師オキのもとへ向かう」
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