「仮説の証明」— episode 8 —
「いったい、いつになったら夜が明けるんだ?」
ウダの家に戻ってきていた。どっと疲れがでた。
「今は夜が長い時季だ」
道理で長く感じたはずだ。ウダが煙草に火を点けた。
「おれにも一本くれ」
ウダが木の箱ごとテーブルの上に置いた。
「すきなだけ吸えばいい」
そう言ってキッチンへ戻っていく。
蝋燭で煙草に火を点けた。肺の隅々にまで煙を行き渡らせ、しばらく呼吸を止める。そしてゆっくり、鼻と口から煙を吐き出す 。頭が冴えてきた。少しはマシな考えが浮かびそうだった。
「うまいな」
「爺さんが村で最初に栽培したんだ。今では村全体でやっている」
キッチンから芳ばしい香りが漂ってきた。
「もしかして、コーヒーか?」
「そうだ」
ウダがいれた熱いコーヒーは美味かった。
「これもあの爺さんが?」
ウダは頷きながらコーヒーを啜った。聞きたいことが山程でてきた。
「あの爺さんはいったい何者なんだ?」
ウダの煙草の穂先が暗闇の中、赤く燃えた。
「この村で最初に自警団を組織した内の一人だ。村の相談役で、おれの師でもある」
「なんの師匠だ?」
「生きていくためのすべてだ」
そう言って煙とともに、大きく息を吐き出した。
タフそうなこの男も、この一連の騒動で相当まいっているようにみえる。少しずつだが、この男の人となりがわかってきた。
「夜が明け次第、また上に行く。爺さんについて知りたいなら、本人に直接聞けばいい。それよりも……」
ウダが煙草の火を消した。
「地下牢での、あの得体のしれないものが言っていたこと。おまえはどうおもう?」
「さあな。実体のない化け物が、まだその辺をうろついてるってことぐらいだ」
「おまえが生みだしたと言っていたぞ」
認めたくはない 。考えたくもない。
「あんな得体のしれん化け物の戯言を、まに受けるのか?」
ウダ はコーヒーを啜って、また煙草にマッチで火を点けた。
「いいかげん、腹を割って話したらどうだ?」
そう言って煙を吐き出した。
「だったら言わせてもらうが、おまえらもおれに隠してることがあるだろう」
こいつらはおれのことを、いったいどこまで。なぜ知ってるのか。
「隠してるつもりはない。物事には順序ってものがある。これからやろうとしている計画もその一つだ。おれはおまえに簡単に命を奪える道具を渡して、目の前に座ってる。それ以上に、なにが必要だ?」
なにも言い返せなかった。煙草の火を消し、言った。
「おそらく……あの化け物が言ったことは、事実だ」
ウダはじっとおれを見詰めている。
「おれだって信じられない。信じられるわけがない。だがおれの中で、すべての辻褄は合う。おれはたしかにナガタノリコという女を殺すつもりだった。だが気が変わったんだ。もう監獄暮らしはうんざりだからだ」
ウダは黙って聞いている。
「あの化け物がおれを陥れたあの女を殺してくれるってんなら、願ったり叶ったりだ。だが勘違いをしてる。おまえらが言うこの領域に、あの女がいると本気で思ってる。またすぐにどこかで犠牲者がでるぞ」
「おそらく、それはないだろう」
「なぜそう言い切れる?」
「言っていただろう。あれはおまえを引き寄せるためだけに、やったことだ」
「あの母親は、ナガタノリコと間違えて殺されたんじゃないのか?」
「違う。殺されそうになった自分の娘に覆いかぶさり……盾になって刺された」
—— 目の前で、母親を……。
「あのクソ野郎……」
「ナガタノリコ…その女の気を追ってこの領域にやって来たと言っていた。殺されるとしたら、その気を放つ女だろう。それともう一つ。その女が意図的に気を消したということだ」
—— それがもし本当だとしたら……。
「普通の人間じゃない……てことか?」
薄紫に透けて揺れうごく煙を見つめながら、ウダはゆっくりと頷いた。
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