「 残された者 」— episode 7 —
ウダに銃をもぎ取られた。
「今みたいなまねをするなら、これは持たせられん」
手の震えがおさまらない。血の気が引いている。
「混乱してるうえに頭にきて、わけがわからなくなったのはわかる。だがそれでは今後おれたちの計画に加わることはできん。おれの部下達の命に関わるからな」
正気に戻った。だが手はまだ震えている。
「計画って、なんのことだ…」
「あとで話す」
「いま話せ」
チャンの呻き声。ウダが話しかけるとゆっくりと身体を起こし、苦しそうに話しだした。どうやらチャン自身の意識に戻ったようだ。
「むこうにいっててくれ」
まさか真実を話すつもりなのか。
話はしばらく続いた。チャンは泣き叫び、嗚咽の漏れる音が地下牢に響いていた。重い足どりでウダが戻ってくる。
「出るぞ」
「全部…話したのか?」
ウダは黙って頷いた。
「おまえの判断か?」
「ナカシロ…あの爺さんだ。おれにだって勝手なまねは許されない」
—— ナカシロ……。
「わかった。すまない」
ウダはテーブルから自分の銃をとり、もう一つを渡してきた。
「いいのか?」
「つぎはないぞ」
「ああ」
• •
夜がやたらと長く感じる。
どうやら村へと続く林道を歩いているようだった。
「あのチャンという男。大丈夫なのか?」
「おれは爺さんに言われたとおりに言っただけだ」
「なんて言ったんだ?」
「今後この村で暮らすことは叶わない。だがこの村のために、我々同志と共に生きる道はあると。あとはあいつ次第だ」
「おい待て。そんな付け焼き刃みたいな言葉で…本当に大丈夫なのか?」
ウダはただ黙って前を歩いている。
「殺された人間てのは、誰なんだ?」
ウダが急に立ち止まる。一瞬凄まじい殺気。鳥が一斉に木から飛び去った。
「ついてこい」
振り返りもせず、歩きだした。
• •
村は静かすぎず、騒がしくもなかった。
大広間のある家に隣近所が集まり、静かに酒を飲んだり食事をしたりしている。女達が通りを忙しそうに歩いていく。教会がある山裾の方から時折静かに聴こえてくる。あの弔いの唄。左の民家から少年が壺を抱え出てくる。おれの目の前でつまずいた。咄嗟に左手で支える。少年がなにか言った。おれに頭を下げると、斜め向かいの民家の中へと入っていく。
「なんて言ったんだ?」
「ありがとうと言ったんだ」
通りを真っ直ぐに歩いていく。女達がすれ違いに会釈をしてくる。おれが隣町から来た役人と思っているのだろう。
ある民家の手前。右側の狭い路地へと入った。
「ここから中を見ろ」
小窓からそっと中を覗く。
小さな祭壇。化粧を施された若い女が、民族衣装を着て横たわっている。その傍で、老婆と幼い少女が座っていた。まだ四、五才くらいか。
「母親か?」
ウダが頷く。
少女は目を赤く腫らし、膝の上で手を握りしめている。二度と微笑みかけることのない母親の亡骸。それをただ、じっと見詰めていた。
「つよいな」
「あいつは人前では絶対に涙を見せない」
「父親は?」
「出稼ぎ先の炭鉱で、滑落事故に遭って死んだ。一年前だ」
「あの子はどうなる?」
「あの婆さんが引きとる。この村では全ての大人で、子供たちを育てる」
もう一度少女を見た。その小さなからだで、現実を必死に受け止めようとしている。
言いようのない何かが、次第に込み上げてきた。
「もういいだろう。いくぞ」
そう言ってウダは、元来た道を戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます