「教団」— episode 7 —

 西武連総本部——西側の部族長たちが一堂に会していた。

 総督ムージザ討死—— 。

「その報を知るや否や、東軍はすぐさま撤退を開始した……」

 ハズラジュ族長、サットヤが苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。

「おそらく、モジェスはこう思ったのであろう。今後、敵か味方になるか定かでない。そのうえ勝算のない戦に、むざむざ己らが血を流すことはない…とな」

 そう言って歯噛みしたのは、クライシュ族長デーヴァ。

 ハズラジュ族は前衛で始終、その迅速な撤退の動きを見ていた。

「あの動きから見て、モジェスは最初からそのつもりだった様におもわれる」

「密計の約定を反故にすることなど、なんともおもわん。モジェスとはそういう男だ」

 アウス族長ユセフが言い放った。

 ハサンは腕を組み、黙ったまま目を閉じている。

 ラウが書簡を携え、遅れてやってきた。その内容を読み上げる。

「アブー・バクルの指揮官、三名を捕縛。その内の一人が拷問に耐えきれず、洗いざらい吐いた」

 やはり全ては息子である、宰相ヤジートの企みであった。彼はその後、行方をくらましている。

「西部連諜報部隊が総力をあげ、現在西側全域を捜索中。未だ消息も手掛かりも、一切掴めていない」

「そんな間の抜けた話があるか。なんとしても見つけ出すんだ」

 押し殺した声。普段のハサンの声ではない。怒りと焦りが臨界に達している。

「捕虜の処遇は」

「情報を全て吐かせ次第、始末せよ」

 足早な音が廊下に響く。扉の前で止まった。

「ラウ殿。アウス族より早馬にて、伝令が書簡を携えて参りました」

「とおせ」

 書簡を受けとり、ラウはすぐさま内容をたしかめる。その表情を見てハサンが言った。

「何が書かれておる?」

 その書簡を渡す。

「どうやら、裏で手を引いている女がいる……と」

      ・      ・

 調査報告書によると——。

 その女はいつどこからやって来たのか。その素性や生い立ち。本人に関するその他の情報が、一切得られないという。

 ハサンの書斎。甥のケネスが報告に訪れた。現在、ナーゴ族特務機関統括を担っている。

「何か掴んだか?」

「はい。女は名をエルヴィラと名乗っております」

「何者だ?」

「神秘主義教団なるものを立ち上げ、現在スーフィー(神秘家)として、ベレンの民衆から広く慕われております」

 教団に参加することは、宗教的には篤信の行為と認められており、信仰実践のための「修道会」のようなものだという。

「教団の考え方としては、神秘家達はムハンマドの精神的な子孫ということになっておるようです」

「なるほどな。実態はギルドとも結びついた社会的な同胞組織。一般信徒が喜んで参加しても不思議はない…か」

「はい。しかし調査ではその教団が、過激派や武装勢力を蔭で支援しているという情報を得ております」

 武器。弾薬。資金。そして、阿片—— 。

 さらに驚くべきことに、シーア派の指導者ムスタファ師を陰で操り、クーデターにも裏で手を引いていたということだった。

「おそらくこの組織が今現在、ヤジートをどこかしらで匿っている可能性があるとおもわれます」

「西域の外……しかもよりによってベレンとはな」

「いかがなされますか」

「内偵を続けよ。潜伏先が分かり次第、ネグロ・バラを差し向けろ。殺さずに拘束し、秘密裏にここへ連行するのだ。誰にも悟られるでないぞ」

「ラウ殿にも?」

「そうだ。一刻も早く、他の部族よりも見つけ出せ。よいな」

 ケネスは一礼し、部屋を後にした。

      ・      ・

 モリモの社——。

 エアレは何をするわけでもなく、一人佇んでいた。

 ふと風が止んだ。

 背後にこれまで感じたことのない、尋常ではない気配。

 —— この世ならざるもの……。

「……誰だい」

 ゆっくりと振り向いた。

 日蔭になっているウッザー(御神木)の根元。そこから黒い影が、ゆっくりと這い上がっていく。

「久しぶりだな。婆さん」

「あたしゃ化け物に知り合いをもった覚えはないがね……」

「……まあいい。あんたに伝えたいことがあって来た」

「なんだい?」

「皆が血眼になって探している男の居場所だよ」

「……目的はなんだい?」

「そんなものはない」

「教えてもらおうかね。その居場所とやらを…」

 エアレは耳を疑った。見つからないはずだった。

「あんた……いったい何者さね」

 黒い影が低い笑い声をあげる。

「さっき自分で言っただろう」

「名は、あるのかい?」

「ナカシロはおれをフタマルと呼んでる」

「なんでここであの男の名がでてくるんだい?」

「おれはあの男の右腕として動いてる。ナーゴ族が西側を抑えて東を牽制してくれると、ナカシロにとっても何かと都合がいいんでね」

「そういうことかい」

「そういうことだ」

「一つだけ……訊いていいかい?」

「なんだ?」

「ムージザを死に追いやったのは、本当にあの子かい?」

「ほかに誰がいる。あいつは始末しなきゃならない。でないと、後々厄介なことになる」

「ナカシロに……よろしく言っといとくれ」

「ああ、伝えておく。また来る」

 黒い影はそう言うと、その根元へと消えていった。

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