「西域統一」— episode 3 —
ナーゴ族集落—— 。
村の女達と共に、エアレは奮闘していた。
マラリアである。
それまでのマラリアと異なり、三日に一度熱が下がる。治ったと思っても、またすぐに高熱がでるのである。
族長の館 —— 。
「東側では、数えきれぬほどの死者が出ているそうだ」
東に潜伏している間者からの書簡。ヨセフは目を通してから言った。ハサンが頷く。
「しかし、西側はそれほどではないと。我が拠点とボア村近辺の集落は、一人も死者はでておりませぬ」
「さようか」
「キナミ殿が残された治療法と、エアレ殿のご尽力の賜物かと」
それもこれも全て、母キナミが書き記したマラリアの治療法。薬の製造方法があったからだ。
“この樹海全ての民に、この知恵を伝えなければ…… ”
エアレはずっと思い続けていた。だがそれはできない。他部族の領域に入ることは許されない。捕われれば、即座に殺される——。
そんな折。妹のように可愛がっていたヌンツィアがマラリアにかかり、苦しんでいた。
その傍で寝ずの看病をし、ウトウトとした昼下がり。俄に外が騒がしくなった。何事かと思い、エアレは外へと出た。
その視線の先 —— 日に焼けた若い男が、陽光を背に浴びこちらに向かって歩いてくる。エアレは立ち尽くしていた。見惚れていたといったほうがいいかもしれない。男は目の前で立ち止まると、まるで散歩でもしてきたかのように言った。
「やあエアレ。今日もいい天気だね」
彼が生きて、目の前にいることが信じられなかった。その言葉とあまりの小憎らしさに、おもわず頭をはたいてしまった。
自分もそうだが、母やヌンツィアがどれだけ心配したことか。もうすでに生きてはいまいと、彼女がどれだけ涙を流したことか。この男は露ほどもわかっちゃいない。
ムージザが幽閉されたとき。世話係を任されたのがフェデリカの娘である、ヌンツィアだった。彼女もエアレを姉のように慕うようになった。彼女は甲斐甲斐しく世話を続けた。三日に一度体を拭き、髪を洗い、結った。彼女は次第に、ムージザに惹かれていった。
普通の神経の持ち主なら、誰でもそうと気付く。しかしこの若者は普通ではない。村を出た時、ヌンツィアにさえも一言もなかった。彼女は口にこそださなかったが、それが何よりも悔しくて、悲しかったのだろう。
ヌンツィアがマラリアで苦しんでいることを、彼に告げた。
「…そうか」
彼は表情ひとつ変えずそう言うと、彼女のいる部屋へと入った。もはやエアレの知る青年ではなかった。彼を目にしたヌンツィアは跳ね起きた。今の今まで死にかけていたのだ。泣きじゃくりながら、彼の胸を何度も叩いた。彼は黙ったまま、しばらくされるがままになっていた。
「ヌンツィア、心配かけたね」
それだけだった。
・ ・
彼がもたらした吉報は信じられないものだった。
その当時。西の三大勢力といわれたのがハズラジュ族。アウス族。
そして、クライシュ族。
それぞれが多くの支族を抱えていた。それらを一つにするということ。即ち、西側を一つにしたも同然ということになる。
彼はその三大勢力と、ある協定を結んできたという。
その内容が記された書状。それと合わせて、西側全ての族長の血判状。あとは族長ヨセフの血判のみ——
内容はこうである。
—— 我々は元は一つの民族であり、祖先を同じくする者である。かつての遺恨は全て捨て去り、互いに歩み寄り、手を取り合い新たなる部族連合として、東に対しその抑止力とする。東が武力でもって西を侵す事あらば、互いに連携し徹底抗戦するべく、我々一同従って、ナーゴ族を西域部族連合の旗頭とすることに同意す——
ヨセフはその書簡を手に、すでにこの世にいないと思っていた息子を見つめた。ゆっくりと頷き、口を開いた。
「大儀であった。息子よ、よくぞ生きて戻った」
ムージザはあの頃と同じように、深々と頭を下げただけであった。
翌日—— 。
大勢の民衆の前で、族長自らが高々とその書状を読み上げた。
村は歓喜に沸いた。民衆は涙して震えた。
西の永きに渡る抗争が、ついに集結した。
ここに西域統一が成った。ムージザ、齢二十一。
・ ・
村に戻ってきたとき、彼は武器ひとつ携えていなかった。
皮の袋に入っていたのは、一冊の書物と薬草のみ。書物にはマラリアの対処法が記されていた。
彼はあれから三大部族と、その支族の集落を渡り歩いた。そして行く先々で、マラリアの治療法を指南してまわったという。どの部族もそれ以来、死者はでていない。部族長達は、ナーゴ族族長の息子と名乗るこの青年に、深く感謝した。
エアレがずっと望んでいたことを、彼はやっていたのだ。たった一人で。命を懸けて……。
彼曰く。幽閉されていた頃、その書物をキナミから直接受け取ったという。
そこには癖のある、懐かしい母の文字が並んでいた。
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