マナミ 4
「うまくいった。あいつ、絶対びびってる」
後部座席のドアが勢いよく開かれ、夜の冷気とともに大柄な男子学生が乗り込んできた。たっくんと呼ばれている工学部の四年生だ。
「隣の部屋の人に怒鳴られないかとひやひやしたよ。ほんと、スリル満点だわ」
「出てくるかな」
運転席で、フロントガラス越しにコウスケの部屋を監視していたサユリの彼氏がぼそりとつぶやく。
「やってるなら出てくるって。ここまでの仕込みは完璧だもん」
「でも、本当にやっちゃってるのかなあ」
「オレは間違いないと思うな。これまでのあいつの行動を見てれば疑わしさ百パーセントじゃないか」
「まあなあ。ということは、やっぱりシンジは、もう――」
「残念だけど、あいつに殺されてるな」
「ちょっと、いいかげんにしなさいよ。今夜はマナミも一緒なんだからね。言葉を選びなさい」
「あ、ごめん」「すまん」
運転席の後ろからサユリが押し殺した声で男子二人を叱ってくれた。私は助手席で体を縮め、こみ上げてくる嗚咽を必死にこらえていた。
偽の目撃情報にコウスケがどんな反応をするかを見てみよう。
サユリの立てた計画に、シンジくんと同じ工学部の研究室の人たちが協力して、これまでにいろいろなことをやってきたらしい。私はすぐに態度に出るからという理由で、くわしい方法は聞かされていなかったけれど、今日のカフェでのお芝居からおおよその見当はつく。
『警察に通報する前になにか証拠をつかんでおきたい。もしも間違いでコウスケくんを犯人扱いしてしまったら、取り返しがつかないことになるから』
サユリも男の子たちもそう言って、コウスケに揺さぶりをかけることの正当性を力説する。
それはそうかもしれない。でも、こんなやり方はひどいと思う。それに今夜のことなんか、スリルを楽しんでいるようにしか見えない。
これなら最初から警察に通報してしまったほうがよかったんじゃないだろうか。
最初は疑われても、コウスケが無関係ならちょっと嫌な思いをするだけで済むはずだし、もしも、万が一にも関わっていたのなら、そのときは――捕まってしまうのは仕方のないことだ。
さっきそのことをサユリに言ってみた。
「たしかにそういう考え方もあるね。でも私はね、コウスケくんに自首してほしいと思ってるんだ。私たちの通報で警察に捕まってから自供するよりも、自首して自分から事件のことを話すほうが罪が軽くなるでしょ。だからね、コウスケくんのためにも、今のやり方で、まず私たちが確証をつかんだほうがいいのよ」
そう言われてしまうと、私にはもう反論の余地はなかった。このままじゃコウスケが可哀想、なんて感情論はサユリに通用しないだろう。それに今のサユリは、コウスケがシンジくん失踪の犯人だと確信している。男の子たちも同じだ。そして、私自身も、そう思っている。
ただ、理由がわからない。あの日の夜、シンジくんはコウスケになにを話そうとしたのか。いや、話してしまったのか。そのことだけはコウスケの口から直接聞きたい。できれば警察に捕まる前に。
「あ、出てきた」
サユリの彼氏がささやいた。
車内に緊張が走る。私はそうっと顔を上げ、コウスケの部屋の方を見た。
本当だ。あれはコウスケだ。あのジャンパーは今年の冬に向けて一緒に買いに行ったやつだ。それはつまり、これから寒いところへ出かけるってことだ。
「見ろよ、駐車場の方へ行くぞ。これからシンジくんのところへお出かけだな。サユリの作戦が見事成功ってわけだ」
「そういう言い方はやめなさい」
そう言うサユリ自身の声がどこか弾んでいる。みんな興奮して、そしてちょっとだけ楽しんでいるんだ。
私は、車を飛び出しコウスケのところへ走って行きそうになる自分を抑えるのに精一杯で、腹を立てる余裕もなかった。
「よし、あとをつけるぞ」
「気づかれるなよ」
「わかってる」
エンジンがかけられ、車はゆっくりと走り出した。
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