コウスケ 5
雨上がりの国道は空いていた。まだ濡れたままのアスファルトは、対向車のヘッドライトを受けてぬめりのある光沢を放っている。それはとてもきれいだが、センターラインや停止線が見えず、車を運転するにはリスクが大きい。
あの夜も、コンディションが悪かった。
寝不足と夕方に飲んだ風邪薬のせいで頭がぼんやりとしていたし、煙るような霧雨に劣化したワイパーはあまり役に立たなかった。
梅本町三丁目の交差点にさしかかったときだった。助手席に放りっぱなしにしていたスマートフォンがメッセージの着信を告げたのだ。
マナミかな。
それは一秒にも満たない、ほんの一瞬だった。一瞬ではあったが、オレは前方から目をそらし、助手席のスマートフォンに意識を向けてしまった。
ガシャンという音とわずかな衝撃が左前方から伝わってきた。最初、事故とは思わなかった。直前までその方向にはなにもなかったからだ。
相手は無灯火の自転車だった。
夜と、霧雨と、無灯火と、そしてぼんやりした頭と前方不注意と。
いくつもの悪条件と不運が重なった。
事故とはそういうものだろう。
首を伸ばし助手席の窓からのぞくと、作業服のようなものを着た小柄な男性が自転車とともに倒れていた。車ではねたというよりは、軽く接触したという感覚だった。
自転車で転倒するなんてよくあることだ。
こんなものは交通事故の内に入らないんじゃないか。
ほら、起き上がろうとしてるじゃないか。
今、下手に助けたりしたら、とんでもない金額の治療費だの慰謝料だのふっかけてくるかもしないぞ。
オレはドアを開ける代わりにアクセルを踏んだ。とにかくその場を離れたかった。逃げたかった。つまり、ひき逃げだ。
アパートに帰り、照明もつけないままコタツにもぐり込んだ。三十分近くじっと息を殺し、そのままでいた。ようやく少し落ち着いたところで思い出した。さっきの着信はなんだったのかと。
スマートフォンを取りだして確認すると、予想通り、マナミからのメッセージだった。
〈今度の火曜日、映画に行かない?〉
くそっ、こんなお気楽な内容の、たった一行のメッセージのせいでオレの人生がめちゃくちゃになるところだったじゃないか。逃げて正解だった。あぶないところだった。
それにしてもマナミのやつ、明日直接言えばいいことを、どうしてわざわざスマートフォンなんかに送りつけてきたんだ。しかもこんな時間に、オレがバイト帰りで車を運転してるだろうってわかってるくせに。無神経な女だ。最低だ。
おっと、信号が赤だ。危ない危ない。
よけいなことは考えず、運転に集中するんだ。ここでまた事故でも起こしてしまったらしゃれにならないぞ。
オレは首を左右に傾けて骨を鳴らし、ハンドルを握り直した。
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