マナミ 1
「マナミちゃん、ちょっといいかな」
大学の正門を出たところで、黒い傘を差した目つきの悪い男子学生に声をかけられた。
誰だっけ。
「えっと――あ、シンジくん」
「へえ、ちゃんと覚えていてくれたんだ」
「なによ、嫌味ったらしいなあ。それにしてもずいぶん久しぶりだよね」
「そうだね、四ヶ月と二週間ってとこかな」
シンジくんは薄っぺらなジャンパーのポケットに手を突っ込んだまま、少し遠い目をして月日をかぞえた。
「で、今日のご用件はなに?」
「コウスケのことで話があってね」
とくん、と胸の奥がうずいた。
きっと、良い話ではない。この予感はいつも当たるんだ。私は唇を軽く噛んで次の言葉を待った。
「あいつ、最近、どんな感じかな」
「どんなって、普通だよ」
「ほんとに? 三日前ぐらいから、様子が変わったりしてないか」
三日前? ってことは、きのう、おととい、その一日前か。
その日はコウスケが遅いバイトの日で、たしか今日みたいに雨が降っていて――そうだ、帰る頃を見計らってスマホで映画に誘う連絡を入れたんだった。
言われてみれば、次の日の朝は体調が悪そうだった。口数も少なかったかもしれない。でも、それぐらいのこと、誰にだってあるよね。
「思い当たることがあるんだな」
「様子が変ってほどじゃないよ。ちょっと風邪気味かなって感じはあったかもしれないけど」
「ふうん、風邪気味ね。つまりは元気がないってことだ」
「それがどうかしたの」
「参考になったよ。ありがとね」
「思わせぶりはやめてくれる?」
「じゃあ、少しだけ説明しておこうか。このあとぼくは大事な話をするためにコウスケに会いに行く。とっても大事な話でね、ぼくとコウスケの仲じゃないと口にできないような内容なんだな。だから今ここでぼくから教えるわけにはいかないんだ。マナミちゃんには、明日にでもコウスケの方から話があると思う。コウスケがぼくの話を受け入れたらだけどね。ま、断らないだろうけど。ということで、もう行くわ。時間取らせて悪かったね」
シンジくんはなんだか勝ち誇ったような、それに加えて哀れむような目を私に向けてから、くるっと背を向けて行ってしまった。
なにそれ。すっごい気になるし。
その夜、私は家に帰ってからも、シンジくんの残していった意味ありげな台詞の一つ一つにじらされてなにも手につかなかった。
時計を見た。いつの間にか十一時を過ぎている。
今もまだ、シンジくんはコウスケと一緒にいるのだろうか。それとももう話は終わったんだろうか。
私は我慢できなくなって、シンジくんに電話をかけてみた。
長いコールのあとにやっと出たシンジくんの返事は冷たかった。コウスケとの話はこれからだと言って電話を切られた。そのわずかな間に聞こえた周囲の音の感じだと、どうやら車で移動している最中のようだった。
こんな遅くに、二人でどこに行こうとしてるんだろう。
もしかして展望公園?
電話をする前よりも気になることが増えてしまい、ベッドに入ってからもなかなか眠ることができなかった。
そして――
次の日からシンジくんと連絡が取れなくなった。
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